平壌10万戸住宅建設事業は、金正日氏の指示により2002年から実施されてきた「平壌市現代化事業」の一環。2012年12月完工を目標に平壌市内の13の区域で2009年9月に同時に着手された。しかし北朝鮮は2011年から中区域内の万寿地区(倉田通り)建設を優先的に進め、他の建設現場に動員されていた軍人を倉田通りに集中させ、1年後の2012年に竣工式を開催するという前代未聞の成果(?)を収めた。
当時、デイリーNKの情報筋は、北朝鮮当局が平壌外郭地域の住宅建設において、工場企業所の労働者に施工を転嫁したと伝えている。その後、資材支援がまともに行われず住宅建設は難航、同事業が放置されるのではとの不満の声も提起されていた。
金正恩氏は政権就任後、「平壌10万戸住宅建設事業」と関連し「10万戸」という表現を公開の場で使用しないなど、特に関心を見せてこなかった。その代わり、最近は「衛星科学者通り住宅」などの特定職業を優待する建設事業にばかり没頭している。
高級幹部出身の脱北者はこの事故について次のように語った。