北朝鮮の最高指導者・金正恩総書記が、自身の娘ジュエ氏を後継者として前面に押し出し始めているとの観測が広がっている。しかし、この「世襲3代目から4代目」への権力継承は、決して盤石とは言えない。むしろ、金正恩氏からジュエ氏への権力継承は、構造的に失敗する可能性を内包していると言ってよい。その理由は、大きく三つある。

第一に、経済政策の失敗である。金正恩政権の近年の経済運営の特徴は、重工業や大型インフラよりも、軽工業を重視する点にある。象徴的なのが、地方振興を掲げた「20×10政策」だ。工場建設や生活必需品の増産によって、立ち遅れた地域の不満を和らげようという試みである。

しかし、この戦略は構造的な限界を抱えている。製品の主な売り先は、約2500万人の貧しい国内市場に限られ、外貨を稼ぐ輸出産業にはつながらない。韓国や台湾、中国沿海部などが海外資本と技術を呼び込み、世界市場に輸出して成長した道筋とは正反対である。作っても売れず、売れないから投資も増産もできないという悪循環に陥り、体制の経済的正統性を支える基盤にはなり得ない。

第二に、国民の離反を止められない現実だ。北朝鮮は、居住地の移動や転居が極端に制限された社会である。農村出身者は農村に、炭鉱町の住民は炭鉱に縛り付けられるのが原則だ。ところが、現実には農村や炭鉱で慢性的な人手不足が生じている。若者を半ば強制的に送り込んでも定着せず、人口流出が止まらないからだ。

これは単なる経済問題ではない。国家の統制力そのものが緩み、住民が「逃げる」ことを選び始めている証左である。移動の自由がないはずの国で人口流出が起きているという事実は、体制への信頼崩壊と統治能力の低下を示唆する。こうした状況での世襲継承は、体制の正当性をさらに弱体化させかねない。

そして第三に、いずれ顕在化しかねない父と娘の葛藤である。金正恩氏は、自らが後継者として十分な準備を整えないまま急逝した父・金正日氏に対し、内心では距離を置いているとみられる。その姿勢は、政策運営や演出の随所に表れている。

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では、経済的停滞と国際的孤立という「負の遺産」を目の前で拡大再生産する父を、娘ジュエ氏はどのように受け止めるのか。巷間では、叔母の金与正氏との権力闘争が語られることが多いが、それ以前に、父娘間の意識の断絶が深刻化する可能性がある。

とりわけ、世代間の価値観の差は大きい。金正恩氏が米韓敵視を当然視する環境で育ったのに対し、ジュエ氏の世代は、密輸や闇市場を通じて流入する海外の消費文化に強い影響を受けている。自由で豊かな生活様式を知る若者にとって、体制が強いる「敵意」と「禁欲」は、次第に空虚で馬鹿らしいものに映るだろう。その違和感を押し殺し、「忠誠」の演技を続けることを父から求められた時、どこまで耐えられるかは不透明だ。

世襲体制は、単なる血縁では維持できない。経済的成果、社会統合、そして指導者自身の内的納得がそろって初めて成立する。これら三つが同時に揺らぐ中で進む金正恩から娘ジュエへの権力移行は、北朝鮮体制の新たな不安定化要因となる可能性が高い。