北朝鮮の金正恩総書記が1月20日、咸鏡北道にある温堡(オンポ)勤労者休養所の竣工式に参加し、施設内部を視察した。

その際、黒いロングコートに革靴という屋外用の装いのまま、女湯を含む浴場エリアを歩き回る様子が朝鮮中央通信などを通じて公開され、内外で注目を集めている。一般社会であれば、プライバシーや慣習への配慮が当然求められる空間だが、北朝鮮においてその常識は通用しない。

そもそも、この国で「立ち入り禁止」や「関係者以外厳禁」といった概念は、最高指導者の前では形骸化する。金正恩にとって、女湯も工場の危険区域も、等しく自らの統治領域に含まれる。過去には、爆発や火災の危険があるはずの工場視察で、タバコを指に挟んだまま現場を闊歩する姿が何度も確認されてきた。

北朝鮮では、火の不始末による重大事故が頻発しているにもかかわらずだ。

(参考記事:「銭湯で男女入り乱れ」北朝鮮高校生らの禁断の行為

安全規則や現場の緊張感よりも、「指導者が来た」という事実そのものが最優先されるのが北朝鮮の現実である。

こうした行動は、単なる無神経さや個人的嗜好では片付けられない。金正恩の視察スタイルは、意図的に演出された権力の表現でもある。あらゆる空間に自由に立ち入り、誰も異議を唱えられない状況を可視化することで、自身が国家の上位に立つ存在であることを国内に強く印象付けているのだ。女湯という象徴的な空間は、「人民の私生活ですら指導者の監督下にある」というメッセージを伝える格好の舞台だったとも言える。

一方で、国営メディアがこの場面をあえて公開した点も見逃せない。通常であればカットされかねない映像をそのまま流す背景には、金正恩の絶対性を誇示する狙いが透けて見える。視察対象がどこであれ、誰であれ、指導者が踏み込むこと自体が正当化される――そうした価値観を国民に再確認させる効果を狙った可能性は高い。

女湯視察をめぐる今回の一件は、北朝鮮社会における権力の非対称性を改めて浮き彫りにした。法律や慣習、個人の尊厳が、最高指導者の行動を制限することはない。金正恩の足取りが示したのは、完成した温泉施設の豪華さではなく、「この国に聖域は存在しない」という冷厳な現実である。