金正恩・北朝鮮国務委員長の娘・金ジュエ氏が、軍関連行事や国家的イベントに相次いで姿を見せ、「第4代世襲を見据えた後継演出」との見方が強まっている。これに異を唱えるのが、元クウェート駐在の脱北外交官・柳賢宇(リュ・ヒョヌ)氏だ。韓国メディアの取材で柳氏は、「軍服を着て一生を過ごしてきた将軍たちが、スカートをはいた最高司令官を本気で奉るのか」と述べ、金ジュエ後継者説に否定的な立場を示した。

ジュエ氏は9月の北京訪問以降、約85日間、公の場から姿を消していたが、11月28日の空軍創設80周年記念行事で突如再登場した。12月15日には地方工場の竣工式に母・李雪主氏とともに同行し、金正恩氏を中心とした「親子3人」による視察が半年ぶりに行われたことも注目を集めた。

北朝鮮報道、とりわけ映像や写真におけるジュエ氏の存在感が日増しに高まると同時に、「金ジュエ後継者」説の現実味も増している。それでも柳氏が後継説を退ける理由は、北朝鮮軍部に根深く残る男尊女卑の意識だという。北朝鮮では一般社会においても女性蔑視が強く、権力中枢における女性比率は6%未満とされる。女性が党の末端幹部に就くだけで嘲笑される社会において、軍を統率する最高指導者に女性が就くことは、現実的に想像しがたい――これが柳氏の論理である。

柳氏はさらに、ジュエ氏を「金正恩という太陽の横で生じた反射光にすぎない」と表現し、将軍たちの敬礼は彼女個人への忠誠ではなく、父である金正恩氏の権威に向けられたものだと指摘した。

一方で筆者は、金正恩氏がジュエ氏を後継者に据える可能性は依然として高いと見る。金正恩氏は金日成・金正日時代を都合よく上書きし、自身を始祖とする「金正恩王朝」体制を築こうとしている。その過程で、最も愛し、信頼できる第一子を後継に選ぶ動機は強い。

だが、仮に「金ジュエ体制」が誕生したとしても、安定が保証されるわけではない。柳氏が指摘する通り、軍やエリート層に認められない指導者は、体制不安の火種となり得る。後継者・ジュエは、金正恩氏にとって「危険な賭け」になりかねない――そう警告する柳氏の主張には、筆者も激しく同意する。