金正恩総書記の実娘である金ジュエ氏の動向に注目が集まっている。ジュエ氏は9月の北京訪問以来、約85日間公の場に姿を見せなかったが、11月末の空軍創設80周年記念行事で突如再登場した。

ジュエ氏は2022年の初登場以降、ミサイル発射現場や軍事パレードなど重要行事に頻繁に同伴してきた。しかし今回の長期不在を巡っては、多くの憶測が飛び交った。もっとも、北朝鮮は歴代の後継者演出において沈黙と露出を交互に配置する手法を繰り返してきた歴史があり、今後も数カ月規模の「空白期間」が生じる可能性は十分あるとみられる。

再登場したジュエ氏の映像は、従来の北朝鮮ではほぼ例を見ない演出だった。

国営テレビは、軍将校がジュエ氏に単独で敬礼を捧げる場面を明確に映し、その様子を離れた位置から父・金正恩氏が笑みを浮かべて見守るカットを強調して放送した。これは、単なる同行者ではなく国家的存在として際立たせる意図があったとみるのが自然だ。

こうした露出強化により、ジュエ氏が後継者となる可能性は以前より高まったとの見方が出ている。一方で、「父親が単に娘を可愛がって連れ回しているだけ」という異論も存在する。実際、金正恩氏がジュエ氏を特別視していたことを示す証言もある。

韓国の独立系メディア サンドタイムズ(ST) によれば、脱北外交官 柳賢宇(リュ・ヒョンウ)氏は最近出版した著書『金正恩の隠された秘密金庫』の中で、金正恩氏が娘ジュエへの思いを語った場面を紹介している。

柳氏によると、2014年1月8日の自身の30歳の誕生日、金正恩氏は側近の全日春(チョン・イルチュン)、黄炳瑞(ファン・ビョンソ)、金養建(キム・ヤンゴン)、金元弘(キム・ウォノン)の4人を別荘に招き、サウナと会食を共にした。その席で金正恩氏は、「国政を一人で背負うのはきつい。全て投げ出したくなる時もある」と弱音を漏らし、さらに娘について次のように語ったという。

家に帰ると、うちのジュエがハイハイしながら私のところへ来て抱きつく。
そんな時、もし私が諦めたら、あの子の運命はどうなるだろうかと思い、気持ちを引き締める。
ジュエの未来のためにも、私は弱くなってはいけないと自覚し、自分を律している。
ジュエは私にとっての ブドウ糖だ。

執権直後の金正恩氏にとってジュエ氏は、単なる娘ではなく精神的な支えだったのだろう。そして10年を経た今、困難な時期に自らを奮い立たせた娘に、金正恩氏は「この国を任せる」と決意した可能性すらある。そこにはまさに王朝政治が色濃く表れ、国名に掲げる「民主主義」の影すら見えない。