北朝鮮から脱北した元外交官、柳賢宇(リュ・ヒョンウ)氏は、著書『金正恩の隠された秘密金庫』の中で、金正恩総書記の実兄・金正哲(キム・ジョンチョル、1981年生)が深刻な麻薬中毒に陥り、それこそが後継者に選ばれなかった最大の理由だったという衝撃的な事実を明らかにした。

金正哲氏は音楽好きとして知られ、ドイツやシンガポール、イギリスで開催されたエリック・クラプトンのコンサートに足を運んだエピソードは有名だ。そんな彼が、なぜ薬物中毒に陥ったのか。

柳氏によると、金正哲氏はハリウッドの肉体派アクション俳優ジャン=クロード・ヴァン・ダムに憧れ、筋肉増強に励む中でステロイドを服用した。しかし成分を誤用し、副作用を引き起こした。その過程で、側近が提供した覚醒剤(ヒロポン)に依存するようになり、薬物依存が一気に悪化したという。

一方で柳氏は、金正哲氏は芸術的な才能にも秀でていたと証言する。2007年2月、妙香山で行われた父・金正日国防委員長の誕生日祝賀パーティーでは、自身が結成したバンド「大星楽団」を率い、作詞作曲した『心臓を捧げ、魂を捧げ』を披露。ギターとドラムの腕前は「かなりの水準」だったという。ギターとエリック・クラプトンをこよなく愛していたことから、兄妹の中でもとりわけ西洋文化への憧れが強かったことがうかがえる。

筋肉ムキムキの身体を手に入れるために薬物中毒に陥ったというのは滑稽にも見えるが、後継者争いでは致命的な弱点となり、次男の金正恩氏が権力の座へと押し上げられたと柳氏は分析する。

脱北者の証言によれば、金正哲氏は一時、平壌郊外の祥原(サンウォン)にある高位幹部専用施設に隔離され、治療を受けていたとされる。治療に当たった医師らは機密漏洩リスクを疑われ、党籍を剥奪・左遷されたうえ、現在も保衛部の監視対象となっているという。

金正恩体制の神格化を進めるうえで、薬物中毒の金正哲氏と、大阪・鶴橋生まれの実母・高容姫(コ・ヨンヒ)は、封印すべき「身内の恥部」なのかもしれない。