北朝鮮・江原道元山市の芸術学院で、学生の何気ない一言が思想問題に発展した。誕生日パーティーの映像を見た学生が「モランボン楽団より上手だね」と言ったことが青年同盟の耳に入り、厳しい叱責を受けたという。
デイリーNK内部情報筋によると、今月中旬、元山芸術学院の学生が自宅で誕生日パーティーを開き、同期生たちと歌や踊りを楽しむ様子を撮影。その後、出席できなかった友人たちに映像を見せていた。映像を見た学生の一人が「モランボン楽団より上手い」と軽口を叩いたが、これが学院の青年同盟指導員に伝わり、事態は一変した。
青年同盟は「モランボン楽団は元帥様(金正恩総書記)の楽団だ。それを軽々しく口にするとは思想的に問題がある」として、発言した学生とパーティーの主催者を呼び出し、厳しく糾弾した。指導員は「生誕を祝うだけならともかく、なぜ映像まで撮って広めるのか」「感謝と忠誠の念が足りない」と叱責。学院全体の空気が一気に凍りついたという。
モランボン楽団に限らず、北朝鮮の芸術は個人創作や自由表現ではなく国家によって企画・運営・統制されている。徹頭徹尾、金正恩偶像化のためのプロパガンダであり、人権侵害にもつながっている。
しかし、学生たちの反応は複雑だ。地方の芸術学院にも優れた才能を持つ学生は多く、彼らの間には「平壌音楽舞踊総合大学(金元均名称)やその附属校出身者しかモランボン楽団に入れない」「実力よりも家柄や権力、金がものを言う」という不満が根強くある。青年同盟の介入に対し、「実力では私たちの方が上だ」という感情が噴き出し、反発する声も上がった。
一方で、今回の騒動をきっかけに「今は言葉一つ、行動一つにも気をつけなければならない」「誕生日パーティーも静かにやらなければ」と萎縮する学生も増えているという。
北朝鮮では若者への思想統制が法律によって制度化されており、2021年に制定された「青年教養保障法」第35条には「青年が公共の場で非道徳的・非文化的行動を取る場合、傍観せず闘争を行い、社会的非難の中で改心させなければならない」と定められている。今回の件は、こうした法的指針が現場レベルで徹底的に運用されている実態を示す象徴的な例だ。
北朝鮮社会では、芸術や娯楽の分野においても“元帥様”と国家体制を讃えることが絶対条件となっており、学生たちの自由な表現は常に政治的検閲の網の中に置かれている。今回の事件は、若者たちの日常的な喜びさえも「忠誠」の名のもとに統制される現実を浮き彫りにしている。
