北朝鮮の地方で視聴可能なテレビは、国営の朝鮮中央テレビ1チャンネルだけだ。だが、チャンネルを回すと様々な電波がキャッチできる。
中国との国境に接する地域、特に北東部の咸鏡北道(ハムギョンブクト)では、中国の延辺テレビや、琿春、図們などのテレビ局の朝鮮語チャンネルが映る。両江道(リャンガンド)では、朝鮮語で放送する長白テレビが受信できる。それ以外の国境地域では、中国語で放送する数十チャンネルの受信が可能だ。
一方、韓国との軍事境界線に接する黄海南道(ファンヘナムド)、江原道(カンウォンド)などでは、韓国のテレビが受信できる。韓国では2012年末にアナログテレビの送信が廃止されたが、その後も北朝鮮向けにアナログテレビの送信が続けられ、それも北朝鮮のカラー方式PALに切り替えられた。
いずれも北朝鮮の政権にとって都合の悪い情報が多数含まれているため、当局は各家庭のテレビ、ラジオのチャンネルが勝手に回せないように、物理的に封印して「27局判子」と呼ばれる判子を押したステッカーを貼る。最近、その封印が勝手に解かれていないかの検閲(調査)が行われた。

韓国と中国のテレビを直接受信する人が増えているとの報告に基づき、国家保衛省(秘密警察)は国境、軍事境界線に接する各市・郡の保衛部に対して、各家庭のテレビ、ラジオの検閲を行うよう指示した。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面デイリーNKの内部情報筋によると、韓国に近い黄海南道の甕津(オンジン)、中国が目の前の両江道の恵山(ヘサン)で現在、テレビやラジオにステッカーがきちんと貼られているか、ステッカーが貼られていても、朝鮮中央テレビ以外のチャンネルが映ることはないかについて、家庭訪問して抜き打ち検査を行っている。
住民の間には緊張感が走っている。
「今回の検閲でひっかかれば、労働鍛錬隊(短期間の懲役刑)に送られ、最悪なら地域から追放される。陸の孤島のような僻地に追放されると生活に行き詰まってしまうため、心理的圧迫が大きい」(黄海南道の情報筋)
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面黄海南道の青丹(チョンダン)郡では2023年、テレビのチャンネルを固定していたはんだ付けを剥がして韓国のテレビを見ていた女性2人が処刑される事件が起きている。
(参考記事:北朝鮮の15歳少女「見せしめ強制体験」の生々しい場面)この取り締まりは、反動思想文化排撃法に基づくものだ。同法17条は「機関、企業所、団体、公民はテレビ、ラジオのチャンネルを固定していなかったり、固定されていたものを解いたりして、不純出版宣伝物を視聴したり、他人に流布したりしてはいけない」としている。
また、33条は「テレビ、ラジオ、パソコンなど電波設備の利用秩序を破った者は、労働鍛錬刑に処す。罪状の重い場合は5年以下の労働強化刑に処す」と定めている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面通常、反動思想文化排撃法に対する違反事件の場合、拷問を含む暴力的な取り調べに続き、公開での裁判が行われるのが一般的だ。
(参考記事:北朝鮮女性を追いつめる「太さ7センチ」の残虐行為)
だが、この法で裁かれるのは一般庶民ばかりで、取り締まる側の保衛部や安全部(警察署)、朝鮮労働党の関係者は、韓国や中国のテレビを自由に見ているという。
「朝鮮労働党両江道委員会のあるイルクン(幹部)は、私的な場で『中国のチャンネルはCMばかりだ』との発言をしてその場の空気が凍りついた。権力機関の幹部が中国のテレビを普通に見ているという話で、庶民からは『検閲をしたところで幹部には何の意味もない』と反発の声が上がった」(両江道の情報筋)
(参考記事:北朝鮮、「韓国のラジオ聞くな」取り締まるも効果は疑問)庶民も庶民で、様々な手段を使って中国や韓国のテレビやラジオに接しようとする。手作りラジオを組み立てる人もいるほどだ。取り締まりに一時的な効果はあるかもしれないが、ほとぼりがさめれば元の木阿弥だろう。そもそも、取り締まる側が法律を守っていないのだから、庶民に示しがつくはずもない。