北朝鮮北部、両江道(リャンガンド)にある国営工場は、ほとんどがまともに稼働できていないと言われている。1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」のころ、従業員が餓死を免れるために、工場内のありとあらゆるものを売り払ってしまった。また、残った設備も老朽化して使えない。
給料も食糧配給ももらえなくなった従業員は、出勤せずに市場で働いたり、川向うの中国との密輸など、アングラビジネスで生計を立ててきた。このようになしくずし的に市場経済化が進んだ。
(参考記事:北朝鮮女性を追いつめる「太さ7センチ」の残虐行為)
金正恩総書記は、そんな現状を変え、1980年代以前の中央集権的な計画経済を取り戻すために、国民のインフォーマルセクターでの経済活動を制限し、勤め先への出勤を強いている。
(参考記事:北朝鮮が繰り広げる「無職者を殲滅するたたかい」)そして、計画経済の中枢機関である国家計画委員会は各工場に生産計画(ノルマ)を課しているのだが、すってんてんでは生産も何もあったものではない。それなのに、工場の朝鮮労働党委員会が従業員にノルマ達成のために残業を命じたことで、激しい反発を買った。現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面恵山(ヘサン)林業機械工場の朝鮮労働党委員会は先月21日、2月の生産計画を無条件で達成しなければならないとして、22日から28日まで毎日1時間残業せよと従業員に命じた。
事実上の企業のトップである党委員会の書記は、工場内の職盟(朝鮮職業総同盟)、青年同盟(社会主義愛国青年同盟)の委員長にも、組織政治事業を強化し、従業員に思想的覚醒を促し、生産計画達成のために精神力を発揮せよと述べた。
しかし、工場内のムードはシラケていた。ある従業員は語った。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「電気もまともに供給されないし、資材も不足しているのに、残業をしたところで時間の無駄だ」
かつては予算や資材を国から確保できていたが、今では工場が自主的に確保することを求められる。
この工場の本来の業務は丸太の製材だが、今やっているのは、山から工場まで丸太を運ぶ森林鉄道の機関車の部品を数個製造する程度だ。従業員はやることがなく、一日中暇を持て余している。売り上げがないため、生産ができない。それなのに、ノルマ達成は強いられるという奇怪な状況だ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面職盟と青年同盟の委員長は、従業員の多くが残業に否定的であることを知りつつも、「組織の人間としての使命を全うすべき」と壊れたテープレコーダーのように繰り返すばかりだった。
あまりの話の通じなさに、シラケていた従業員が一斉に反発を始めた。
「仕事をできる環境を整えてくれないくせして、残業を強いるとは言語道断」
「党委員会の幹部は、現場に来てわれわれがどう働いているか退社時まで見るべきだ」
従業員は「食わせてくれないのに、仕事だけ押し付ける」工場に普段から不満を持っていた。工場は、故金日成主席がかつて訪問したことのある特別なところだが、従業員はそれを示す石碑を磨いたり、庭の草取りをしたり、普段から余計な仕事をやらされ、ただでさえ不満が溜まっていた。そこに降って湧いた残業命令に、不満を爆発させたというわけだ。
(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為)職盟と青年同盟の委員長は、予想外の激しい反発にたじろぎつつも、「われわれとしてはどうしようもない。鯨の戦いにエビの背中がやぶれるようなものだ」と同情を誘い、なんとか残業させようと必死だ。「鯨の戦い〜」とは、とばっちりを意味する。
ある労働者はこう語った。
「幹部はたらふく食っているだろうが、われわれは違う。少しでも生活の足しにしようと、市場で一日中闘っているわれわれの妻たちの様子を見たらどうだ」
あまりの反発の大きさに、党委員会はわずか1日で残業命令を撤回した。しかし、国から課せられた生産計画が撤回できるわけもなく、幹部はその対応に四苦八苦することだろう。