今年の生誕祭は寂しいものとなったようだ。
毎年2月16日は光明星節、故金正日総書記の生誕記念日だ。北朝鮮当局はこれに合わせて様々な行事を行い、お祝いムードを盛り上げる。中でも国民の間で期待が高まるのは「名節供給」、お祝いの特別配給だ。ところが、これが行われず、雰囲気がすっかり盛り下がってしまった。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
両江道(リャンガンド)の情報筋は、朝鮮労働党両江道委員会が今月1日、主要幹部を集め、金正日氏の業績を称え、偲ぶ記念講演会が開かれたと伝えた。その場では、全党、全社会がその業績を称える熱風を巻き起こせという中央の指示が伝達された。
(参考記事:金正恩命令をほったらかし「愛の行為」にふけった北朝鮮カップルの運命)
ところが、現場では熱風ではなく寒風が吹きすさんでいる。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面両江道の各地では、映画文献学習、写真展示会、史跡館見学、機動芸術宣伝隊の講演など光明星節関連の様々な行事が行われている。
上述の会議の参加者は、会議終了後に恵山映画館でドキュメンタリー「絶世の愛国者金正日将軍」を鑑賞させられた。10本もあり、1本あたり45分から1時間という、全部見せられたとしたらほぼ拷問レベルだ。3日からは両江道美術館で、金正日氏の業績を称える写真展示会が開かれ、5日からは機関、企業所ごとに両江道革命史跡館の金正日館の見学が行われている。
また、「忠誠の歌の集い」が各地で開催され、町の至るところに「絶世の偉人金正日同志は永遠にわれわれとともにいらっしゃる」というスローガンが掲げられた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面しかし、情報筋は今年の光明星節をこう酷評した。
「史上最もみすぼらしい名節」
お祝いムードは全くなく、通りを歩く人もほとんどいなかった。そして、何よりも住民を落胆させたのは、特別配給がまったくなかったことだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面この日には、肉、卵、油、酒などが配給され、子どもたちには学用品やお菓子セットが配布されるものだった。ところが、今年は特別配給を実施せよという指示すらなかったのだという。
(参考記事:「金正恩印」のお菓子作りに失敗した5人の悲惨な運命)両江道の幹部は、光明星節当日の恵山(ヘサン)市内の様子を伝えた。
幼稚園児以上すべての市民は当日の午前7時から9時までの間に、故金日成主席、金正日氏の銅像の前に行って、追悼のことばを述べる行事に参加させられた。この前後、通りは人で溢れたが、最高気温が氷点下4度でこの地域としては温かい日だったのもかかわらず、外出する人は皆無に近かった。
幹部はこの盛り下がりを特別供給がなかったこと以上に、「沈滞した社会の空気」のせいだと説明した。
「年が明けてから国家保衛省(秘密警察)と社会安全省(警察)による検閲(監査)はもちろん、(指定されたチャンネル以外を見ていないかを確認する)テレビ検閲など様々な検閲が行われ、市民は極度の不安に苛まされている」
「違法携帯電話を持っていた容疑で国家保衛省の検閲隊に逮捕された人は、両江道だけでも20人にのぼる。1月10日から2月10日まで行われた電気監督隊の検閲で(電気の違法使用の罪で)30万北朝鮮ウォンの罰金が数百世帯に課された」
誰もがいつ捕まるかもわからない状態で、お祭りムードが盛り上がるわけがない。通りでは、機動芸術宣伝隊が太鼓やケンガリ(ドラ)を叩き鳴らし、「毎日革新、毎日前進」と叫び続けているが、通りかかる人もおらず、掛け声が虚しく響くばかりだ。
国営の朝鮮中央テレビは、娯楽性の強い番組ではなく、金正恩総書記が平壌の和盛(ファソン)地区第4段階1万世帯住宅建設の着工式に出席したというニュースばかり伝えていた。放送された映画も、1997年制作の「大紅湍(テホンダン)責任書記」の1本だけ。
昨今、金日成氏、金正日氏に関するプロパガンダよりも、金正恩氏の神格化に力を注いでいる北朝鮮のこと、みすぼらしい光明星節はその一環かもしれないが、いずれにせよ、国民はお通夜のような日々を過ごした。
なお、全国一律で特別供給がなかったわけではない。平安北道(ピョンアンブクト)のデイリーNK内部情報筋は、金正恩氏肝いりの「地方発展20✕10政策」の一環として、球場(クジャン)郡に作られた地方工業工場が、生産した酒、ソフトドリンク、麺を住民に配給したと伝えた。
だが地域住民は、「これはタダでもらえたわけじゃない」と、あまり喜んでいない様子だったという。工場の建設工事に繰り返し動員されたこともあり、自分たちの血と汗と涙でできていると感じたようだ。また、「どうせプロパガンダだし、こんな配給は今回だけ」と冷めた目で見る人もいたとのことだ。
一方で、金正日時代に建設された養魚場で取れたニジマスとヤマメも配給されたが、こちらは比較的好評だったようだ。水がきれいなことから非常に美味と言われていたが、いまだかつて地元で配られたことがなかったからだ。