金正恩第1書記の実母、コヨンヒ(高英姫:2004年死亡)が、生前ファーストレディーだった時の「記録映画」をデイリーNKが入手した。

映像からは、北朝鮮が高ヨンヒを金日成主席の実母「康盤石(カン・バンソク)氏」や、金正日総書記の実母「金正淑(キム・ジョンスク)」のように、本格的な偶像化に乗り出す意図が見えてくる。

偉大なる先軍朝鮮の母

映像のタイトルは「偉大なる先軍朝鮮の母」。約85分の長さで、高ヨンヒ偶像化のために朝鮮労働党中央委員会映画文献編集社が昨年(主体100年)制作し、今年5月、最高位幹部らを対象に初上映された。

1994年の金日成死亡100日追慕大会以降に撮影された高ヨンヒの活動映像や写真が収録されている。彼女は、この頃から金正日の軍や企業所に対する現地指導に随行し始め、人民軍音楽会などの公開行事にも参加しだした。1994年の金日成死後以降から公開的な国母(朝鮮の母)的役割を担ってきたと知られている。高英姫は1952年生まれで当時42歳だ。

また、1998年3月、高ヨンヒが金正日と一緒に彼の生母である金正淑の遺跡地、咸鏡北道会寧市を訪問する場面が登場する。ナレーションでは康盤石、金正淑を称えつつ、その伝統を高英姫が受け継いでいると説明する。さらに高ヨンヒのことを偉大なる母と表現し、その息子である金正恩が白頭血統を継承する偉大なる領導者であることを宣伝している。

映画の後半部では、高ヨンヒが50回目の誕生日を祝う祝賀会(2002年)で自ら祝辞を読む場面が登場し、高ヨンヒの肉声がそのまま聞くことが出来る。彼女の声が外部に公開されるのはこれが初めて。

高ヨンヒは、祝辞を通して「将軍様と共に喜びも栄光、悲しみも栄光、試練も栄光と思い過ごしてきた30年の歳月を振り返り、人生で最も高貴で力強いものとは何かと考えてみました」と話している。

高ヨンヒの発言通りなら、1970年代初頭から二人は恋人関係だったことになる。金正日が二番目の婦人として知られる成恵琳(ソン・へリム)と同居し、金正男が生まれたのが1971年。金正日は成恵琳と同居中に高ヨンヒと交際を始めたことになる。

また高ヨンヒは「将軍様が私に『お前が他の人に話してみなさい。私がどれだけ辛い7年(1994〜2000年当時の苦難の行軍時期)もの歳月を過ごしてきたかを』とお話になりました。誰も成しえない将軍様の厳しい7年の歳月を私はそばで共に見てきました」と話す。

高ヨンヒは当時の金正日の姿について「期せずして偉大なる首領様を失い、あまりにも当惑された姿、度重なる自然災害、深刻化する経済事情のため活動家はわめきたて、我が人民の米の問題、電気の問題、その全てが将軍様に任されている時、胸は張り裂け、あちこちに家族が離れ離れになり、孤児が発生しているとの報告を聞き、ろくに眠ることも出来ない日々」と描写している。

映画は末尾部分で、高英姫が息子の金正恩に読書、美術、植樹を指導する姿を収めた写真を見せている。この写真の後に、金正恩が成人になり後継者として現地指導に出向き、軍事パレードに参加する映像などが続く。

映画はまた、高ヨンヒに捧げる感謝の歌をBGMに流し、2010年労働党創建65周年記念軍事パレードの会場に、金正日と金正恩が同時に登場する場面を最後に映し出している。高ヨンヒを通して金正恩を偶像化させようという目的が読み取れる。

北朝鮮はその間、高ヨンヒが在日朝鮮人出身であるため、本格的な偶像化に消極的だった。が、今回高ヨンヒに関する記録映画制作と公開に踏み切ったということは、今後彼女に対する偶像化はさらに活発になるものと思われる。統一研究院のチョン・ヒョンジュン専任研究委員は「金正恩体制が発足した以上、何かしらの制約はあるものの偶像化のスピードは速まるしかない」と話した。

しかし映画では高ヨンヒという本名は一度も登場しない。その代わり「朝鮮の母」「偉大なる母」という賞賛用語を使用している。当分は高ヨンヒの実名や経歴が公開されないことを示唆している。

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