韓国の統一省は先月、2013年から2022年の間に脱北した6300人を対象にアンケート調査を行った結果をまとめ、「北朝鮮の経済・社会実態認識」を発表した。それによると、脱北者の半分以上が、北朝鮮にいたころにワイロを渡した経験があると答えた。これについて、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が詳しく報じている。
脱北を9回試みてようやく成功し、2007年から韓国で暮らすイ・スンシルさんは、北朝鮮で起きる問題のうち7〜8割はワイロで解決できると語った。
「北朝鮮でワイロは、子どものころから経験するものです。大人が「ワイロを掴ませろ、ワイロを掴ませればいい」ということばかり見て育ちます。本当にひどいです。(北朝鮮では)すべてがワイロなしではできません。7〜8割はワイロでなんとかなります」
朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の看護軍官(将校)を勤めていたイさんは、そんな状況が学校卒業後の兵役にも大きな影響を及ぼしたという。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「軍隊に行く前の身体検査では、背が高く体格の良い幹部の家の子は、皆医者にワイロを渡して不合格になります。医者とグルになって病気であるように口裏を合わせておくんです。労働者や農民の家の出の子は、栄養失調のような状態なのに合格になり、いちばん大変な山奥にある高射砲中隊に行かされます。1つの中隊には7〜80人がいるのですが、(勤務が楽な)軍医所に行くとそのほとんどが幹部の家の出です」
(参考記事:「約90万円で買える」一生食べるのに困らない職業)
階級的・経済的に余裕のある親たちは、子どもを少しでもマシな環境で兵役に就かせるために、財力と権力を総動員して軍幹部にワイロを渡す。
上述の報告書によると、金正恩政権以降、月収の3割以上のワイロを払ったと答えた人の割合は41.4%に達した。特に2016年から2020年の間にワイロを払った経験があると答えた人は54.4%に達し、半分以上がワイロを払った経験があると答えた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面報告書のアンケートの「ワイロは避けられない特急料金だ」という問いに対して、脱北時期、地域、 年齢層に関係なく、半数以上の脱北者が 「そうだ」と答えている。
別のイさんは2002年に脱北した際、途中で国境警備隊員に見つかってしまった。ところが2000北朝鮮ウォンのワイロを渡したところ、彼らの庇護の受けて無事に国境の川を渡ることができたという。(当時のレートは1ドル<約135円>が200北朝鮮ウォン)
イさんはRFAの取材に、こう話している。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「夜間に国境警備隊員の案内で、凍結した豆満江を渡るのですが、ライフルをぶら下げたまま、『もう捕まらないでください』と言われ、2000北朝鮮ウォンを支払いました」
金正恩政権以前にも、日常の隅々までワイロの習慣が広がっていたことを示す証言だ。しかし、時期によって、その中身は変化する。
(参考記事:【北朝鮮の教師インタビュー】生徒の親からの「ワイロ」に依存した生活もコロナで破綻)2010年まで北朝鮮の司法機関で働いていたキムさんは、最も一般的なワイロとしてタバコを挙げた。
「(取締官を)ぱっと見て、ぼろぼろの服を着て、ズボンがきちんとアイロンされていなければ、それほど高級ではなく、中級程度のタバコ1箱くらいでいいと判断して渡しました。一方で、『この人はちょっと難しいそうだ』と判断すれば、猫じるしのタバコ1箱は必要でした。猫じるしのタバコといえば、北朝鮮ではワイロによく使われるタバコでした」
この「猫じるしのタバコ」とは、ブリティッシュ・タバコが2001年から朝鮮ソギョン貿易会社との合弁で運営しているタバコ工場で生産したもので、外国人観光客の利用するホテルの売店でも売られている。他のタバコとは異なり、かなりソフトで、高級タバコの扱いだった。
それ以前の1990年代の大飢饉「苦難の行軍」の時代、幹部ですら受け取ったワイロを市場で転売し、食糧や生活必需品を購入するほどだったという。
「タバコをもらったからと吸うわけではありません。お金扱いされ、市場でタバコ商人に買い取ってもらい、コメや他のなにか(生活必需品など)と交換していました」
2016年まで保衛部(秘密警察)で勤務していたチョンさんは、2009年に携帯電話サービスが始まり、翌年から普及が始まり、多くの変化が起きたと証言した。
ワイロの習慣にも変化が生じた。チョンさんの父親が保衛部幹部として働いていた時代には、猫じるしのタバコが日常的なワイロをして使われていたが、彼が勤務していた2016年ごろ、保衛部の幹部クラスへのワイロといえば、米ドルが一般的だったという。
(参考記事:北朝鮮音楽教育の頂点をドス黒く染める「米ドル入りの花束」)「私が子どものころには、猫じるしのタバコが通用しました。父も保衛部にいたのですが、その当時は猫じるしのタバコをもらっても悪くなかったのですが、今ではタバコではなく、すべてがドルです。わいせつ物を見て捕まったとしたら、農村部でも基本的に300ドル以上はもらっていました。生活の苦しい人でわいせつ物を見る人はほとんどいなかったので、ワイロは500ドル、1000ドル、多いときは2000ドル、3000ドルでした」(編集部注:2016年当時、1ドルは99円から121円)
発達した資本主義社会である韓国では中々わかってもらえないことだが、北朝鮮は韓国とは社会構造が異なり、持ちつ持たれつの意味合いがあったという。
「北朝鮮は共産主義社会主義体制だからと、配給を与えるんですけど、それだけでは生きていけなません。衣食住すべてを国が面倒見てくれません。検閲(監査)を行う前には対象に『そろそろ検閲に入るから気をつけろ』と教えます。そうやって助け合いながら人々は生きてしました」
慶南大学極東問題研究所の林乙出(イム・ウルチュル)教授はデイリーNKの取材に、北朝鮮で蔓延するワイロ万能主義は、過去の韓国と同様に、北朝鮮が民主主義に発展しない限り、改善を期待できないと指摘した。
「かつての韓国でもこのようなワイロの受け渡しは多かったが、今日の北朝鮮も同じ状況に直面しています。そこから抜け出すには、結局、その社会が開放され、民主主義が発展し、政治的・経済的な先進化が行われなければ、問題は根本的に解決されません。現時点でそれは非常に困難です。北朝鮮のワイロ文化はますます進化し、発展するしかないような状況にあると見ています」
米国のトレース・インターナショナルが毎年発表する「ワイロリスク予想」によると、北朝鮮のワイロリスクは、100点満点中92点で、対象となった194カ国の中で、2020年意向最下位を記録し続けている。
金正恩政権は国内の締付を強化しているため、ワイロの習慣がさらにひどくなることが考えられる。締め付けが厳しいほど、取締官の権限が増大し、要求する額が増えるからだ。