北朝鮮の首都・平壌で起きた子どもの誘拐事件を巡り、平壌市民と地方出身者の間で対立が深まっている。事件の捜査が、平壌市民の地方住民に対する差別意識を煽る形で行われているのだ。
事件が起きたのは先月16日のことだ。現地のデイリーNK内部情報筋によると、平壌市内の平川(ピョンチョン)区域の鳳南(ポンナム)幼稚園に通う5歳の男児が、忽然と姿を消した。
母親は帰宅した子どもに「お外に行ってはいけません、ずっとおうちにいなさい」と言いつけて市場に買い物に出かけたが、家に戻ったところ、子どもの姿はなかった。日が暮れるまで探し続けたが発見に至らず、地域の分駐所(交番)に駆け込んだ。
分駐所は、地域の人民班(町内会)に協力を求め、男児の一斉捜索に乗り出したが、一向に見つからなかった。平壌市安全部(警視庁)が本格的な捜索に乗り出し、市内に出入りする人や車を検問する10号哨所、平壌市巡察隊もすべての通行人を検問しているが、今月2日の時点でも依然、行方不明のままだ。
昨年11月、市内の船橋(ソンギョ)区域でも6歳の男児が行方不明になる事件が起きるなど、誘拐事件がしばしば発生し、市民を不安に陥れている。背景に深刻な経済難があるのは間違いないのだが、市民の視線は別の方向を向いている。
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部が下した事件発生を知らせる布置文(布告)の一節が、地方出身者に対する不信を煽る結果を生んでしまったのだ。
「平壌市突撃隊に配属され働いている国境(地域)のマグジャビ(手当たり次第に捕まえるの意)の輩どもが、子どもたちを誘拐して国境に連れていき、外国に売り飛ばしている」
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面突撃隊とは、建設工事に半ば強制的に動員される一種のボランティアのことだが、5万戸住宅建設などメガプロジェクトが目白押しの平壌市内には、地方からきた突撃隊員が数多く暮らしている。
この手配書のせいで、ただでさえ偏見を持たれがちな地方出身の突撃隊員に対して、平壌市民の差別的視線が注がれるようになった。
「平壌の人々は、ボロを着ていたり、物乞いをする人を見ると、無条件で地方出身者扱いして『人間としてまともな暮らしができない連中は皆地方のやつら』と暴言を吐きがちだ」(情報筋)
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面平壌は成分(身分)のよい人だけが居住を許される、「住んでいることそのものが特権」という都市である一方、地方は場所によって差はあるものの、成分の悪い人も多く住んでいる。平壌で生まれ育った人は問題を起こしたり、兵役などの特別な理由がない限り、平壌から出ることはない。彼らにとって地方は「魑魅魍魎が跋扈する未開な土地」なのだ。
地方から挙がる平壌偏重への不満の声に対処すべく、金正恩総書記は「地方発展20×10政策」を打ち出し、地方振興に努める方針を示しているが、地域格差や地方に対する差別感情の解消は、一朝一夕で実現するものではない。
(参考記事:北朝鮮で党書記講習会…「地方発展20×10政策」を強調)これに対して地方から来た人々は、「平壌市民のために死にそうになりながら働いているのに、とんだ災難」だと反発している。
突撃隊員による犯罪が起きていないわけではない。正確な件数は不明だが、窃盗、強盗事件が複数伝えられている。そもそもの原因は彼らを動員した当局が、適切な補給を行わないところにある。無給で働かされる上に提供される食事も貧弱で、食べ物欲しさから犯罪に手を染めるというわけだ。
(参考記事:飢餓で混乱…金正恩の首都に迫る「巨大な盗賊の群れ」)そんな事情からか、容疑者は突撃隊員と決めつけた安全部の布置文には問題があったと、情報筋は指摘する。
「子どもがいなくなれば周囲の捜索からすべきなのに、根拠もなく国境(地域)の人々が子どもを連れ去り、外国に売り飛ばしたと噂を立てるとは話にならない。捜査が難航しているから、安全部は犯人像をでっち上げ責任をなすりつけることばかり考えている」(情報筋)
将軍様のお膝元だけあって、治安維持の責任は非常に重い。事件が迷宮入りしてしまえば、安全部の誰かのクビが飛ばされる。そのため、とりあえずは誰かに責任をなすりつけるという手法が蔓延している。そのターゲットとなったのが、突撃隊員だったのだ。
行き着く先は、出鱈目な捜査と容疑者逮捕、拷問による無理やりの自白、見せしめの処刑、それを見て胸をなでおろす平壌市民というものになるかもしれない。
(参考記事:「こんなのおかしい」金正恩の“処刑乱発”に北朝鮮国民から抗議の声)