北朝鮮は最近、一部の国営企業で月給を約35倍に引き上げると同時に、コメの国定価格を約43.5倍に引き上げた。
コメ1キロすら買えない非現実的な月給、市場価格と100倍近い差のある国定価格を現実化し、国営米屋の「糧穀販売所」で穀物の売買を行うようにすることで、市場の力を削ぐ目論見があるものと見られている。一連の措置はそれにとどまらないが、一部からは経済への深刻なダメージを懸念する声が上がっている。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
(参考記事:北朝鮮、一部企業で月給を35倍に引き上げ)
両江道(リャンガンド)の情報筋は、「昨年10月ごろから国営企業の月給が10倍に上がるとの噂が流れていたが、11月末の財政イルクン(幹部)の講習が行われた後、12月から実際に引き上げられた」と伝えた。
新入り労働者の場合は2000北朝鮮ウォン(約34円)から3万北朝鮮ウォン(約510円)に、2年以上勤務した技術級数が1級の労働者の場合は2500北朝鮮ウォン(約42.5円)から3万5000北朝鮮ウォン(約595円)に引き上げられたという。
ただし、これは現金支給ではない。
「12月末から今まで工場、企業所ごとに順次月給が支払われているが、現金ではなく朝鮮中央銀行が発行した電子決済カードで支給している」(情報筋)
このカードは銀行、逓信所(郵便局兼携帯電話営業所)、百貨店、糧穀販売所で利用可能だが、市場では使えない。この措置が混乱を招いている。
「賃上げ措置は、市場をなくして住民から現金を奪うための強盗的な謀略だ」と述べた別の情報筋は、社会安全省(警察庁)が新年から市場に10人ほどの安全員(警察官)を常駐させ、食料品と海産物の販売を禁止し、国営工場と企業所で生産された商品、輸入された商品をすべて没収する措置を取っていると述べた。
市場で販売可能なものは古着、個人が製造した箒、まな板、ニット製品などに限られ、営業時間も午後4時から8時までの4時間に制限された。安全員は商人に対して、在庫品を糧穀販売所や百貨店に売り渡すよう強いているが、買取価格が安いため、大損をすることになる。そこで商人は自宅で密かに商品を販売しているものの取り締まりが厳しいため、当局に大目に見てもらえるコネがなければ販売できないという。
消費者は仕方なく百貨店や総合商店に足を運ぶが、まともに買い物ができる状態ではない。
化粧品を例に挙げると、市場では安い中国製が多く売られていたが、百貨店には3万北朝鮮ウォン(約510円)以上もする国産のものしか売られていない。また、「ミンドゥルレ」(たんぽぽ)ブランドのタバコの場合、市場では1箱3000北朝鮮ウォン(約51円)だったのが4000北朝鮮ウォン(約68円)で売られている。しかも、こうして売られているのはごく一部の食料品、文房具、キャンディ、酒とタバコくらいで、生活に欠かせない醤油や味噌すらなく、消費者を閉口させている。
「市場を無力化するならば、もはや市場に行く必要がないように百貨店や総合商店の品ぞろえが豊富でなければならない。しかし、売られている商品はパッケージだけ国産で、原材料はすべて中国製なので、生産と供給の正常化を期待するのは難しい」(情報筋)
4人家族の1カ月の生活費は50万北朝鮮ウォン(約8500円)かかると言われているが、賃上げしても全く足りず、市場での商売がいっそう困難になったことで、現金収入が得られず、生活は苦しくなる一方だ。
恵山青年鉱山のように10万北朝鮮ウォン(約1700円)以上もらえる企業所がある一方で、両江道の国営企業の多くが1990年代の「苦難の行軍」以降、稼働できておらず、それらの企業の勤務者はそもそも月給が得られない。
情報筋は、こんなことをやっていれば北朝鮮ウォンの価値がさらに下がり、2009年の通貨交換(デノミネーション、貨幣改革とも呼ぶ)のときのような混乱が再び起きるかもしれないと懸念を示した。
貨幣改革では、貨幣単位を100分の1に切り下げるデノミネーションの実施と同時に、新紙幣と旧紙幣の切り替えを行った。その際に当局は、地下経済に蓄積された富を収奪するために新券交換の額に上限を設けた。1世帯あたり旧券10万北朝鮮ウォンまでは銀行に預ければ新券に交換するが、それ以上は没収するというものだった。
また、市場での食料品の販売を禁止し、国営商店だけで販売するようにした。さらには市場での販売価格に上限を設けた。商人は、損を避けるために市場から商品を引き上げた。これにより深刻なモノ不足が発生した。また、月給を100倍に上げたことでハイパーインフレが起き、北朝鮮ウォンの信用度は地に堕ちた。
(参考記事:金正恩のキャッシュレス禁止令で蘇る「貨幣改革」の悪夢)北朝鮮当局が今行っている一連の措置は、故金正日総書記の大失政の前轍をきれいになぞっているとしか言いようがない。金正日氏は、貨幣改革の責任者だった朴南基(パク・ナムギ)朝鮮労働党計画財政部長を銃殺刑とし、事態の収拾を図った。
北朝鮮経済がその悪影響から立ち直ったのは、金正恩氏が最高指導者として登場し、市場にできるだけ介入しない政策を取って、市場経済を進展させた後のことだ。その流れをよく知るはずの金正恩氏が、なぜこのような失敗が待ち構えている無駄な試みを行っているのだろうか。