北朝鮮の朝鮮労働党機関紙・労働新聞は9日、1998年に制作された映画「党員証」を紹介する複数の記事を掲載した。
「1982年、党員証を交付するときに実際にあった出来事を元に制作した」とのテロップから始まるこの映画の内容は、党と首領(最高指導者)に対する忠誠心を描いたものだ。当局は、この映画を見て学ぼうというキャンペーンを行ったのだが、これが逆効果となっている。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
咸鏡北道(ハムギョンブクト)の幹部によると、今月第2週に「芸術映画党員証の主人公のように生きて闘争することについて」という題名の学習提綱(レジュメ)が党委員会、企業所、団体の幹部に配布され、映画鑑賞会と討論会が行われた。労働新聞の記事もその一環と思われる。
映画を見る人の視線は、「主人公の思想精神世界を学び、党と首領に忠誠を尽くせ」という当局の示した学習目標とは異なり、別のところに向けられていた。
人々は、登場人物が使う石鹸や歯ブラシなど物質的な豊かさに、目を奪われてしまったのだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面1982年は旧共産圏が崩壊する前の時代であり、各国から得られる援助などで北朝鮮の配給システムはそれなりに稼働していた。人々は豊かではなくとも、毎日の食事や生活用品、医療や教育のことで心配せずに生きられた時代だ。しかし、その後に配給を含めた北朝鮮の社会システムは傾き始め、映画が作られた1998年を前後した時期に起きた未曾有の食糧危機「苦難の行軍」は、多くの人々を餓死に追いやった。
ところが、学習提綱にはこんなことが書かれている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面党員は名誉や物質的富ではなく、ただただ党と首領、祖国と人民のために、一つの傷もなく純潔な良心を捧げる良心の人間だ。
当局は、極度に中国に依存した経済体制を無視して、新型コロナウイルスの国内流入を防ぐために国境を封鎖し、貿易をすべてストップさせた。それによって「第2の苦難の行軍」とも言われるほどの深刻な食糧難となり、餓死者も続出した。鎖国は解かれたものの、人々の暮らしは未だにそのダメージから回復できていない。
そんな現実そっちのけで、「党と首領のために命を投げ出せ」という映画を見た人々からは、不満が口をついて出た。
「今は党員証よりカネを大切にする時代なのに、『党員証』のような映画を見せて学習させるとは情けない」
「当時はそれなりに国の食糧配給制度が回っていたが、今では自分が食べるものは自分で解決する時代だ。それなのにどこから忠誠心が湧き出るのか」
「人々の生活の土台を提供してくれないのに、党と首領に対して絶対の忠誠を尽くせなんて恥知らずな要求だ」
平安北道(ピョンアンブクト)の幹部は、今回の学習会は、朝鮮労働党と党員の社会的な地位の低下をなんとか食い止めようとする意図があったと見ている。
かつてはエリートへの登竜門だった朝鮮労働党への入党だが、今では入ろうとして頑張っている人が愚か者扱いされる時代になってしまった。国民からはこんな声が聞かれる。
「党員証でメシが食えるのか」
「党員証を持っていたとしても捨ててやる」
党員になるには、推薦を受けて2年間の候補党員(見習い党員)として活動してようやく認められる。
その後は、職場に出勤して労働新聞を読む会に出席し、最高指導者の肖像画を磨き、週数回の政治講演会、土曜日に丸一日行われる政治学習などに参加し、毎日の生活総和(総括)を行なういわゆる「党生活」を強いられる。
党員には様々な無理難題が押し付けられ、ミスを犯したりノルマを達成できなければ処罰される。ワイロも要求される。幹部になればそれなりの待遇を期待できるが、「やらかし」に対する処罰の厳しさも桁違いだ。
(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面)
また、商売もできないため、非常に貧しい生活を強いられている党員も少なくない。今では党員よりも、トンジュ(金主、ニューリッチ)の方が社会的地位が高くなり、女性の結婚相手としても人気がある。
(参考記事:兵役終え党員になっても「虚しい」…北朝鮮の若者を襲う絶望)上述の幹部は、このように言って現実を嘆いた。
「党員証が出世のために欠かせないものだった時代は永遠に過ぎてしまった」
古臭くプロパガンダ臭しかしない映画を見たところで、地に落ちた党と党員の地位が回復するわけがないのだ。
(参考記事:北朝鮮の過去78年を振り返る映画鑑賞会、観客から漏れる失笑)