北朝鮮の国営企業は、施設や設備を個人に貸し出している。予算や資材不足で、国の決めた計画(ノルマ)が達成できない国営企業は、個人に何らかのサービスを提供してその代償を得て、数字の上ではノルマを達成したことにするのだ。また、企業の幹部が自分の生活のために、ワイロを受け取って同様の行為をすることもある。
自動車の個人所有が禁じられていることから、自社所有ということにしてその見返りに代金を受け取る「名義貸し」がその代表例と言えよう。
(参考記事:コロナ明けで息を吹き返しつつある北朝鮮の市場経済)全国有数の流通の拠点である咸鏡北道(ハムギョンブクト)清津(チョンジン)の工場は、穀物卸売商に空いた倉庫を貸し出しているが、安全部(警察署)が取り締まりに乗り出したと、現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
安全部は、工場の倉庫に対する抜き打ちの検査を行い、倉庫に保管されている穀物があれば、糧政法に基づき押収し、所有者である穀物卸売商を摘発している。
本来なら資材が入っているはずの国営工場の倉庫だが、予算や資材の不足により空っぽになっている。そこに目をつけた穀物卸売商は、買い付けた大量の穀物を人の目に触れずに保管するために、工場幹部と話を付け、ワイロを渡して倉庫を借りていた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面北朝鮮において穀物は、国の配給システムを通じてのみ供給が許され、個人による販売は禁じられている。しかし、それが形骸化して、穀物は市場で買うのが当たり前という状況が長年続いてきた。当局は、穀物流通を国主導に戻す「新糧穀政策」を打ち出し、個人による穀物流通に対する取り締まりを強化している。工場の倉庫に対する抜き打ち検査もその一環だ。
(参考記事:農民を貧困に、市民を飢えに追い込む北朝鮮の「国営米屋」)
しかし、安全員が取り締まりを行う目的は、法を執行するためではない。法を振りかざし、自分の食い扶持を確保するところにある。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「穀物を何トンも動かす人々は安全員や工場幹部のみならず、保衛員(秘密警察)との太いパイプを築いている。取り締まりにひっかかったとしても、ワイロとしてコメ数百キロを渡せば終わりだ」(情報筋)
1990年代の大飢饉「苦難の行軍」の時ですら、途絶えることがなかった安全員と保衛員、幹部への食糧配給だが、コロナ禍での食糧難で、減量と遅配、一時中止が相次いだ。彼らは、自分と家族の食糧確保に加え、私腹を肥やすために、熱心に取り締まりを行っているのだ。
(参考記事:金正恩の「親衛隊」も食うや食わず…北朝鮮の末期症状)先月末に摘発された穀物卸売商のケースを見ると、工場の倉庫に保管しておいた脱穀されていないトウモロコシが安全員に摘発されたが、全体量の半分ほどにあたる4トンをワイロとして渡すことで、事件をもみ消したという。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面本来ならすべてを没収され、卸売商も倉庫を貸し与えた工場幹部も労働鍛錬隊(軽犯罪者を収容する刑務所)に行くことになるが、実際にそうなった人は今のところいない。卸売商も、安全員に半分をくれてやったとしても、元さえ取れれば問題ないと考えているとのことだ。
安全員は血眼になって、あちらこちらの倉庫から穀物を見つけ出そうと必死になる。卸売商とは元々顔見知りで、バックに誰がついているかわからないこともあってか、元が取れるだけの量は残しておくという。かくして、金正恩総書記の「国営米屋再整備計画」は、現場レベルで骨抜きにされていくのだ。