人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

北朝鮮で、無職であることは違法だ。法律にはこう明記されている。

行政処罰法第90条(無職、遊び人行為)

正当な理由なく、6カ月以上派遣された職場に出勤しなかったり、1カ月以上離脱した者は、3カ月以下の労働教養をさせる。罪状の重い場合には、3カ月以上の労働教養をさせる。

子どもや定年退職した老人などを除き、すべての成人男性がいずれかの職場に属することが義務化されている。これは職場を通じて配給などの福利厚生を提供すると同時に、思想や行動を監視するという北朝鮮独自のシステムによるものだ。

しかし、このシステムが完全に機能していたのは1980年代までのことだ。旧共産圏の崩壊で援助が得られなくなり、誤った農業政策が招いた自然災害により、システムが機能しなくなった。それに依存して暮らしていた人々の中からは、大勢の餓死者が出た。

人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

そして、従来のシステムに変わって登場したのが、市場経済だ。人々は市場で品物を売って現金収入を得て、必要なものを買うという他の国でも当たり前のように行われている行為で生計を維持した。その主な担い手は女性である。一方で男性は、上述のようにろくに給料も配給ももらえない職場に縛り続けられていた。

そんな男性を救ったのが「8.3ジル」という習慣だ。職場の上司にワイロを渡して出勤扱いにしてもらい、その間に市場で商売して収入を得るというものだ。しばしば取り締まりが行われていたが、一向に効果が上がらないようだ。今回は、咸鏡南道(ハムギョンナムド)のデイリーNK内部情報筋の話に基づき、取り締まりで摘発された男性の事例を紹介する。

(参考記事:北朝鮮が繰り広げる「無職者を殲滅するたたかい」

咸興(ハムン)に住む20代のキムさんは、大学卒業後、工場に現場技師として配属された。入社から数年は仕事に真面目に取り組み、技術革新課題でも成果を出していた。ある日のこと、キムさんは体調が悪いと言い出し、診断書を提出した。その後も体調は回復せず、診断書を提出し続けた。

人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

そして1年後、健康上の理由で退職し、障害のある人や病気の人が勤める軽労働の職場に転職した。ある日のこと。元同僚がキムさんの見舞いに自宅に行った。そこで、その元同僚は見てしまったのだ。

キムさんは、軽労働職場には出勤せず、自宅でテレビや変圧器を修理する商売をしており、工場在籍時よりも健康で豊かな暮らしをしていたのだった。つまり、商売するために、仮病を使って1年かけて計画的に退職したのだ。

この話が恐ろしい勢いで工場内で広がり、工場内の朝鮮労働党委員会の知るところとなってしまった。さらには、朝鮮労働党咸鏡南道委員会(道党)にまで報告されるという深刻な事態へと発展した。

人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

咸鏡南道法務部に呼び出され教養(思想を直すための教育)を受けるはめになったキムさんは、こう述べたという。

「工場で何年も熱心に働いたのに、生計は市場で商売する妻頼りだった。妊娠した妻が寒空の下で商売するのを見かねて、(軽労働職場に)籍だけ置いて、自宅で電化製品の修理をして、妻が出産するまでだけでもカネを稼ごうとした」

夫として家族として、ごく当たり前の感情を抱き、商売をしただけだったが、北朝鮮の体制はそれを許さなかった。

キムさんは強制的に元いた工場に連れ戻され、ワイロを受け取っていたであろう軽労働職場の責任者も咸鏡南道法務部に呼び出されて、批判書を書かされた。だが、事はそれだけで済まなかったのだ。

道党は、工場を計画的に騙して軽労働職場に転職し、自宅で商売をしていたキムさんの行為が社会的に悪影響を及ぼしかねないと判断し、彼の実名、年齢、住所などを通報教養資料(思想教育用の資料)に掲載、道内の各機関の政治組織に配布するよう指示したのだ。わかりやすく言い換えれば、実名報道で、さらし者にしたようなものだ。

これについて情報筋は次のように説明する。

「年老保障(定年退職)の年齢になるまでいかなる名誉も報酬も望まず、死んでも現場で死ぬという精神で働いてきた革命の先輩たちとは異なり、若者たちの間では、収入のない職場に通うことはむしろ恥ずかしいことだという風潮が顕在化している。当局の措置は、これに対して警戒心を持たせるための教育のきっかけにしようというものだろう」

国の福利厚生の恩恵を受けたことがなく、自分の力で生き抜いてきた若者のことを「チャンマダン(市場)世代」と呼ぶが、彼らは国や社会より自分を大切にし、思想よりも実利を重要視する。また、国からの押しつけを非常に嫌う。それを察知した当局は、わざわざ法律まで作って若者に対する思想教育を強化している。

(参考記事:北朝鮮、若者の思想を統制「青年教育保障法」導入へ

しかし、いくら教育をしたところで、若者の面従腹背は変わらない。表では金正恩総書記と朝鮮労働党に忠誠を誓っても、裏では金儲けや個人の生活を大切にして、ご禁制の韓流コンテンツを楽しんでいるのだ。さて、今回のキムさんの事例は、若者たちにどのように受け止められるだろうか。

(参考記事:「絶対に行きたくない」北朝鮮の若者ら、金正恩政権の重要命令を拒否