北朝鮮当局の好む言葉は様々あるが、その一つに挙げられるのが「満稼働」、つまりフル稼働だ。その使用例を、国営の朝鮮中央通信の記事から見てみよう。
60余りの炭鉱青年突撃隊が2年分、年間掘進計画を完遂
【平壌11月2日発朝鮮中央通信】平安南道の60余りの炭鉱青年突撃隊が、2年分、年間人民経済計画を完遂する成果を収めた。
青年突撃隊員たちは、全てのものが不足する中でも内部の余力を引き出し、掘進設備のフル稼働を保障することによって朝鮮労働党創立記念日まで2年分の掘進計画を完遂した。
(以下略)
満稼働は満負荷という言葉と合わせて使われることが多いが、字面だけ見ても実に危うげだ。そして、事故が起きてしまった。
平安南道(ピョンアンナムド)にある北倉(プクチャン)火力発電所は、1960年に旧ソ連の援助で建設された、発電容量160万キロワットの北朝鮮最大の火力発電所だ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面現地のデイリーNK内部情報筋によると、政府は昨年5月16日、コロナ禍の難局を乗り越えるために、北倉火力発電所に満稼働、満負荷で発電を行うように、国家非常防疫司令部の名義で呼びかけた。隔離施設や医薬品工場の稼働に、24時間の電力供給が欠かせないからだ。その前には、朝鮮労働党平安南道委員会と平安南道非常防疫指揮部に「北倉火力発電所の電力生産に特別な関心を払え」という指示も出している。
かくして、発電所はフル稼働に入った。しかし、問題があった。施設の老朽化だ。
石炭を使う火力発電所の耐用年数は一般的に40年。2018年に新しい発電設備が増設されているが、50年を超える設備と併用されているようで、技術的な問題により、新旧の設備共に不具合が発生し、頻繁に停電を起こしていた。
(参考記事:「金正恩ニュース」の時間帯に停電、発電所員ら絶体絶命)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
当局は発電設備をフル稼働させよと命じる一方で、今年の生産計画量(ノルマ)の達成如何は北倉にかかっている、そのために補修、点検を行なえという矛盾した指示を出した。
現場レベルでは「難しい」と判断したのだろう。補修、点検は2度延期された。しかし、技術のプロよりも、技術に関してはズブの素人が指導的立場にあるのが、北朝鮮の組織構造である。「技術的に不可能」などと言おうものなら、「思想的に問題がある」などとして吊し上げに遭ってしまう。
(参考記事:自国経済の現場を破壊する北朝鮮版「紅衛兵」たち)そこで、発電設備の稼働を一時止めて、作業員が石炭を燃やすボイラーに入って補修しようとしたところ、突如として爆発。5人が火傷を負い、病院に搬送される事故となった。点検は、設備を止めてボイラーを充分に冷ましてから行わなければならないが、時間節約のため、人が入れる程度までにしか冷まさなかったせいだというのが、情報筋の見方だ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面首都・平壌やその周辺地域に電力を供給している重要な発電所だけあり、中央も事故ならびに爆発による稼働停止を重く見て、12月18日に検閲イルクン(監査担当の幹部)を派遣、発電所幹部、現場の技術者らと緊急討論を行った。
重要行事が集中する年末年始の平壌では多くの電力が必要だが、「なんとかならないか」とする検閲イルクンに対し、「現状ではボイラーを10日以上冷まさなければ労働者が危険に晒され、復旧はさらに遅れる」「現在稼働中のボイラーも(老朽化により)さほど安全ではなく、補修対策を立てなければならない」というのが、現場の意見だ。
その後、どのような解決策が示されたのかについて情報筋は言及していないが、他の地域の電気を止めて平壌に回すという、北朝鮮で日常的に行われている電気の自転車操業しかないだろう。
責任問題となれば、当局は現場の幹部や技術者に事故の責任をなすりつけ、血祭りにあげるだろう。
(参考記事:北朝鮮で「人望ある幹部」たちのクビが飛んでいる)
さて、火傷を負った5人だが、平城(ピョンソン)にある平安南道人民病院に搬送され、治療を受けている。発電所側は「今回の事故は国家生産と関係するだけあり、治療もケアも国が適切に行う」として、家族すら面会謝絶にしている。
容態は家族にすら伝えられず、発電所の労働者の間でも「あまりにひどい」との声が上がっている。隠蔽しなければならないほど、深手を負っているということなのだろう。