北朝鮮の課長が収容所送りになった「マルパンドン」という罪

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北朝鮮の農業はほとんど破綻状態にある。国の定めた計画に基づき、各農場にはノルマが下され、支給された道具や資材を使って作物を育て、収穫後は国に納め、農民は一定の割合で分配を受ける。

ところが、農民のやる気を削ぐ集団農業、農業に必要な肥料などの資材が支給されず借金をして買い込まなければならない現状、地域の条件や天候などを無視した国のノルマ、その未達成による処罰を避けるための虚偽報告など、何から何までうまく行っていない。おそらく、正確な生産高の把握すらできていないものと思われる。

(参考記事:毎年凶作の北朝鮮農業、何が問題なのか?

そんな現状を嘆き、農業政策を批判した農政担当者が、「マルパンドン」(反政府的言動)を行った容疑で逮捕された。

平安北道(ピョンアンブクト)のデイリーNK内部情報筋によると、逮捕されたのは道内の球場(クジャン)郡糧政事業所で収買(作物の買い取り部署)課長を務める50代男性だ。

(参考記事:若い女性を「ニオイ拷問」で死なせる北朝鮮刑務所の実態

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収買課長は今年9月から10月にかけて、郡内の農場を訪れ、秋の収穫状況の視察を行った。仕事を終えた課長は、協同農場の幹部と飲み会を開いた。

借金を返さなければ、来年の農業に必要な営農資材が購入できないと嘆く農場幹部に、課長は「穀物生産を増やして食生活を白米と小麦粉中心に変え、農民の抱える負債を国が免除してくれるという、今年の初めの(朝鮮労働)党の決定を忘れたのか」「国から資金を引っ張れるだけ引っ張ってきて、耐えれば免除してもらえるのだから、党の政策をよく調べて、うまくやればいい」とアドバイスした。

そして、課長は農場幹部の心情を汲み取り、「あなた方は個人の農業をしているのではなく、国の農業をしている。必要な営農資材は国が支給すべきもので、なぜ農場が頭を痛めなければならないのか」と同情心を吐露した。ここまでにしておけば、問題にならなかったのだろうが、酒に酔ったせいか、ついつい言いすぎてしまった。

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「肥料からビニール膜、農薬、鎌まですべてを農場が自主的に買ったり借りたりして農作業を行うことになってしまっているが、いっそのこと農場管理委員会を廃止しして、家族単位の個人農が農業をやれば、(儲かるからと)都市からも農村にやってきて住む人が出てくるだろう」
「農村はすべて個人農化すればいいのに、なにが分組管理制だ」
「昨年より増やされた今年の収買計画の量を見て、私も不快に思った」

北朝鮮が今も固執している集団農業では、熱心に働いてもサボっていても、得られる穀物の分配量は同じ。やる気が削がれて収穫が増えないとの理由から、他の旧共産圏諸国ではとっくの昔に廃止された。北朝鮮でも、インセンティブ制度である分組管理制が一部で導入されてはいるものの、全国的に広がっておらず、実施されている地域でもあまりうまく働いていない。

(参考記事:インセンティブ制度のはずが単なる仕事丸投げ、高まる北朝鮮農民の不満

ただ、いくら正論であっても、党の政策に反する発言は処罰の対象だ。課長は、道内の各農場を巡り、各地で同じ発言を繰り返したのだ。それが複数の情報員(スパイ)を通じて保衛部(秘密警察)のもとに届き、先月末に「マルパンドン」で逮捕されてしまったのだ。

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そして今月中旬。保衛部の担当者が課長の妻を訪れこう告げた。

「あなたの夫は管理所(政治犯収容所)に行くことになる。離婚したほうがいいのではないか」

そう言って、離婚届の用紙を手渡したという。北朝鮮当局は離婚を嫌い、なかなか許可を出そうとしないが、配偶者が政治犯になった場合は事情が異なる。家族であれば連座制が適用されて、家族もろとも管理所送りになるのだが、離婚して他人になれば、それを免れることができるからだ。

妻がどのような選択をしたのか、情報筋は伝えていないが、一度管理所に入れば二度と出てこれない可能性も高いため、おそらく離婚に同意したと思われる。

よかれと思って発言したがために管理所送りにされたり処刑されたりしたという事例は、枚挙にいとまがない。

党から示される政策は、無謬の存在である金正恩総書記の承認を得たもので、それに反する発言は、たとえ正しくとも、金正恩氏を批判・否定することにつながり、命取りになる。問題があっても見て見ぬ振りをするのが、長生きの秘訣だ。こんなことで国が発展しようか。

(参考記事:「飲み会で政策批判」金正恩、エリート経済官僚5人を処刑