「見せしめ粛清」を宣言…“禁断の娯楽都市”に金正恩の魔手

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かつて韓国の釜山周辺では、日本のテレビの視聴が可能だった時代がある。対馬にある中継所の電波が届くためで、市内の家々には日本のテレビを見るための高いアンテナが立てられていた。ソウルのテレビ局担当者が「ネタをパクリ」に釜山へ足しげく通っていたとも言われている。

1981年7月7日の東亜日報によると、市内のビデオ店では日本のテレビをコピーしたビデオが売られ、具体的な数字はわからないものの、韓国のテレビの停波時間帯には日本のテレビを見る人が多く、ある人は高2の娘が日本テレビの深夜番組「11PM」にハマって心配だとインタビューに答えている。

韓国で日本のテレビが見られていたのは、娯楽や報道への渇望からだろう。

韓国では、1967年に電力難を理由に昼間の放送が中止され、オイルショックのあった1973年から81年までは朝のテレビ放送が中止され、午後6時から11時までの放送となっていた。昼間の放送が復活したのは2005年になってからだ。

また、韓国のテレビは規制が厳しく、自由な報道もできなかった。1980年の光州事件の発生を日本のテレビを通じて知ったという人もいる。もちろんいずれも過去の話だ。

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当時の韓国と状況が似通っているのが、現在の北朝鮮だ。最悪の場合は処刑される可能性があるにもかかわらず、人々は外国製、特に韓国の娯楽性の強いコンテンツを手に入れようとする。そんな人たちは、東海岸の元山(ウォンサン)詣を繰り返していたとして、当局が取り締まりに乗り出した。

(参考記事:引き出された300人…北朝鮮「令嬢処刑」の衝撃場面

江原道(カンウォンド)のデイリーNK内部情報筋は、中央の反社会主義・非社会主義連合指揮部(82連合指揮部)が、元山を外部文化流入の根源とみなし、集中検閲(取り締まり)を宣言したと伝えた。

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事の発端は、首都・平壌で行われた集中検閲だ。コロナ鎖国の最中でも、幹部の子女らが持ち込んだ韓流コンテンツが広がり、内部指示に基づき集中検閲が行われた。それにより、大学生が元山に韓流コンテンツの保存されたUSBメモリを運んでおり、そこから各地に流通していたことが判明した。

(参考記事:北朝鮮、日本製「禁断映像」など所持で軍幹部を一斉摘発

政府は、元山を平壌に次ぐ外部文化の根源とみなし、「反社会主義・非社会主義行為を庇護、助長させた者は幹部と言えども断固として除去する。見せしめとして完全に粛清する」との意思を示していると情報筋は語った。

元山教員大学と元山経済大学など5つの大学では、すでに数百件の外部文化流入が摘発されているが、さほど問題とされなかったため、大学内の朝鮮労働党委員会と青年同盟委員会の政治思想の動向について綿密な検討が行われている。

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また、現在は摘発された学生の親が朝鮮労働党や行政機関の責任イルクン(組織のトップ)に対して、思想闘争会議(吊し上げ)を行った上で、解任、撤職(更迭)の処分を行っている。

さらに今回の検閲では、幹部らによる勢道(特定の勢力による権力の乱用)、官僚主義、不正腐敗行為を黙認、または同調してしまった司法機関のイルクン(幹部)に対しても強い批判がなされた。

中央の82連合指揮部は、江原道の82連合指揮部を一度解散させ、その1.5倍の新たな人員を選び、改めて立ち上げさせる事業にも着手した。

これについて情報筋は詳細に言及していないが、咸鏡北道(ハムギョンブクト)82連合指揮部が、ワイロを受け取って違反行為を見逃していたで解散させられたのと同様の理由の可能性が考えられる。つまり、立ち上げから1年半ほどで組織が腐敗してしまったということになる。

(参考記事:幹部200人を死地へ送り…金正恩「最恐組織」に漂う腐臭

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