日本と同様に、北朝鮮でも様々な法律が制定されている。ただ異なっているのは、その内容が公表されないことだ。法の全容がわかるのは、情報が国外に持ち出されてからで、それまでにタイムラグが生じる。それまでは、国内から漏れ伝われる条文の一部や、法に基づいた指示内容から、パズルのように組み立て、全容を推測するしかない。
さて、昨年12月の最高人民会議常任委員会第14期第12回総会で採択された「反動的思想・文化排撃法」、いわゆる韓流取締法については、デイリーNKが今年1月に説明資料を入手し報じたが、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)は、法律のさらに詳細な内容を、各地の情報筋の話をベースに伝えている。それは、単なる韓流取り締まりにとどまらず、北朝鮮国民の生活を、身動きがとれないほどにがんじがらめにするものだった。
(参考記事:「韓流ドラマ見て死刑」連発が懸念される北朝鮮・韓流取締法の中身)平安北道(ピョンアンブクト)の幹部は、今月初めに中央党(朝鮮労働党中央委員会)の宣伝扇動部が「反動的思想・文化排撃法」に基づいた細部処罰条項に関する文書が配布されたと伝えた。これは金正恩総書記の批准を受けたものだという。
文書がまず重点を置いているのは、一般人民の間で広範に起きている非社会主義現象――つまりは当局の考えるところの社会主義にそぐわず風紀を乱す行為だが、この根絶に関するところだ。
通りや公園、遊園地などで公衆道徳を守らない行為、革命歌謡の歌詞を歪曲して歌う行為、朝鮮式でない服を着て結婚式を上げる行為、カネや穀物を貸して高い利子を取り、返済に行き詰まったら家や財産を奪う行為など、様々な行為が非社会主義行為として列挙されている。
(参考記事:北朝鮮で「危険な替え歌」流行か…体制や最高指導者を揶揄)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
また、一般住民が輪転機材(自動車、オートバイ、トラクター)を購入し、人からカネを取って乗せたり、農作業に利用する行為、共同農場の営農設備や機材、資材を盗んだり破壊したりして農作業に支障を与える行為、山林資源や動物を取ってカネ儲けをする行為ななどが反社会主義的行為の事例として挙げられている。
各所にワイロを支払って許可を取り付け、個人の所有が禁じられている車両を、国営企業、機関などの名義を借りて所有し、人や物を運んで営業する「ソビ車」は、進展する北朝鮮の市場経済の物流を底支えしてきたが、このような行為も許されないということだ。
(参考記事:北朝鮮のオヤジは「タクシー運転手」が夢の職業)今回の細部処罰条項が、今まで当局が黙認または気を使わなかった些細な問題も処罰対象に含めたことで、人々は生活の隅々までがんじがらめにされ、ちょっとしたことで処罰されかねないというのが、この幹部の見立てだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面一方、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の住民情報筋は、今回の細部処罰条項は、国境地域の住民により多大な影響を与えるだろうと見ている。最も厳しく取り締まるべき重大犯罪、反党・反国家行為として、地域でよく行われている、中国の携帯電話会社のデバイスを使って国外と連絡する行為が挙げられているからだ。
このような携帯電話は、密輸目的で中国の業者との連絡に使われたり、家族が韓国に住む脱北者からの送金目的で使われたりしている。当局がいくら摘発しても根絶できず、取り締まり側もワイロを受け取って見逃していた。
(参考記事:携帯電話の「定額サービス」を始めた北朝鮮の秘密警察)しかし、「反動的思想・文化排撃法」やそれに伴う取り締まりの強化で、送金ブローカーが徐々に姿を消し、脱北者家族も韓国に住む家族との連絡を行うのに相当のリスクを強いられることとなり、送金が途絶えたため、生活が苦しくなっているという。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面(参考記事:脱北者の送金が支える北朝鮮経済)
ちなみに、いずれの情報筋も違反に対する具体的な量刑には触れていないが、労働教化刑、労働鍛錬隊(いずれも懲役刑)など、違反行為ごとに細かく決められているとのことだ。
北朝鮮の生活の現実を全く無視し、様々な生活、経済活動を禁じるこの法律だが、今までの流れなら施行当初は見せしめとして厳しい取り締まりが行われるものの、時が経つにつれワイロなどで骨抜きにされる。ソビ車がなくなれば物流が滞り、脱北者の送金を止めれば国内に流入する外貨が減少する。だからといって、その穴埋めをするだけのものが国から与えられるわけでもない。
そんな「汝人民飢えて死ね」と言わんばかりの法律が、実効性を保ち続けられるかは非常に不透明と言わざるを得ない。
(参考記事:北朝鮮が密輸の取り締まりを強化。結果は「ワイロ高くなるだけ」)