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現在、平南の順川市場で商売をするムン・ヨンエ氏(仮名・38)は、「1次走りが品物を持ちこんだと聞けば、私たちはお金を準備してすぐ走り業者の家をたずねる。1次走りは大金を持って動くから、一般の人々が品物を買いに行っても戸をあけてくれない」と話した。

ムン氏のような「2次走り」業者が1回品物を購入するのに使うお金は50万ウォン(韓国の17万ウォン)ほどだ。ムン氏は1次走り業者から品物を購入したら家に保管して、地域の市場の商人や他の郡の市場の商人たちに卸す。

ムン氏のような「2次走り」業者にとっては、安くて良い商品をいくら確保できるのかがカギだ。商品の選択が下手だったり、十分な量を確保できなければ、大きな損害を被る。商品の選び方が下手で損害を被るのは、「1次走り」業者も「2次走り」業者と同様だ。

製造と加工を通じる3次流通

布地、砂糖、小麦粉のような原料商品は、「2次走り」業者たちの手で加工業者に送られる。ここで精製と加工を経て市場に流通されるのだ。

砂糖と小麦粉は各種のキャンディーや菓子、パンの原料として使われる。中国産のサジ布(色が濃く丈夫な素材)は、各種のジャンパーや既製服に加工される。「2次走り」業者から品物を渡される加工業者は大部分が個人経営だ。個人が直接布地から服を作り、砂糖を用いて家でキャンディーや菓子を作る。

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咸興で服の加工をしながら暮らしているイ・ミョンヒ氏(仮名・31)は、家にミシンと、北朝鮮で一般的に「オバロック」と呼ばれている修繕機械を備えて、朝から日が暮れるまで服を作る。普通、こうした個人加工業者を「ソレギ」と呼ぶ。

イ氏は普段から問屋とうまく付き合い、後払いで布地を受け取りジャンパーや作業服を作る。イ氏の作った服は大部分、咸興地域の市場を通じて販売され、一部は交通が不便な田舍の山間地域まで運ばれる。

90年代後半の「苦難の行軍」の時期を経て、北朝鮮の住民は家内手工業に多くの投資をした。現在、北朝鮮の総合市場で流通しているキャンディーの50%、各種既製服及び作業服の30%は、北の住民たちが家内手工業を通じて生産したものだ。

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資本が多くなかったり、総合市場に売台(販売台)を持てない人々は風呂敷商をする。彼らは手工業製品を汽車やソビチャを利用して田舍の山間地域に流通させる「3次走り」だ。

彼らは現金がない田舍の人々と、トウモロコシや豆、米などの穀物を商品と交換するやり方で商売をする。北朝鮮の写真によく登場する、大きなリュックサックや包みをしょって汽車に乗る人々が、まさにこうした商人たちだ。

北朝鮮での卸し売りと小売りの流通過程は、権力とお金を持っている特権階層から始まり、生存のために奮闘する中間商人たちを経て、消費者に商品が運ばれる。

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「闇市場」と呼ばれ、夜間にだけ密かに取り引きされていた農民市場が、おびただしい収益が行き交う巨大な生活の糧の連なりに発展し、「草の根資本主義革命」の推進力となったのが、今日の北朝鮮経済の姿だ。

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