北朝鮮の国家機関、軍、工場、企業所、学校、家庭などなど、どこにでも存在する肖像画。金日成主席、金正日総書記、そしてその母の金正淑(キム・ジョンスク)氏の3人の「御真影」で、常に清潔に保ち、厳重に管理することが求められている。そんな大切なものが大量に盗まれる事件が起きたと、両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
事件が起きたのは、両江道の道庁所在地にある朝鮮労働党恵山(ヘサン)市委員会の宣伝部だ。この部署では、数ヶ月前から市内の住宅で検閲(監査)を行い、状態の悪い「3大偉人」の肖像画をすべて回収する作業を行っていた。
恵山市内の家庭では、肖像画が台風の雨風により汚損する例が相次いでおり、この部署はそれらをチェックした上で、新しい肖像画と交換する事業を進めていた。ところが今月2日、肖像画の入った包みが忽然と消えてしまったのだ。
北朝鮮で、肖像画は単なる紙切れではない。最高指導者に対する忠誠心を絶対視し、肖像画を守ることは、憲法よりも上位の規範である「党の唯一領導体系確立の10大原則」にも明記されているほどの重要事項だ。
(参考記事:金正恩命令をほったらかし「愛の行為」にふけった北朝鮮カップルの運命)
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面意図的であろうがなかろうが、肖像画を傷つける行為は、最高指導者の権威を傷つける重大行為で、場合によっては政治犯収容所に送られるほどの重罪と見なされる。逆に、事故や災害から肖像画を守り抜いた人、そのために命を投げ出した人は称賛される。
(参考記事:北朝鮮「指導者の肖像画」を守って死んだ人々にあり得ない仕打ち)肖像画の大量紛失に血相を変えたであろう市党委員会宣伝部は、今回の事案を大慌てで上部に報告した。両江道保衛局(秘密警察)、両江道安全部(県警本部)に加え、平壌の国家保衛省まで加わり、捜査に乗り出した。関係する人をすべて取り調べ、国外に持ち出される事態を防止するため国境封鎖をさらに強化したが、14日の時点では発見に至っていない。
また、党組織や保衛部など、事情を知る内部の人々に対して徹底したかん口令を敷いて、事件のことが外部に漏れないよう措置を講じた。極めて重大な政治的事件で、市民を動揺させるおそれがあり、関係者に対する処罰が厳しくなることを恐れてのことだろう。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面しかし、口の軽い幹部やその家族を通じて、噂があっというまに市中に広がり、恵山の全市民が知ることとなった。
新型コロナウイルスによる事実上の外出禁止令、金塊の大量密輸事件の発覚、国家機関による厳しい検閲など、今年の恵山には何度も政治的な嵐が襲来しているが、来年1月の朝鮮労働党第8回大会を控えた時点での今回の事件。嵐は年を越しても恵山にとどまりそうだ。
(参考記事:コロナで外出禁止令、困窮の度合い増す北朝鮮国民)