米国の全米図書賞の翻訳文学部門として柳美里氏の「JR上野駅公園口」が選ばれたことは、日本でも大きく報じられた。この本は、米国の図書館員向け雑誌「ライブラリー・ジャーナル」が毎年発表する「ベストブックス」の144冊のうちの1冊としても選ばれたが、もう一つ注目すべき作品がある。
北朝鮮の作家・白南龍(ペク・ナムリョン)氏の小説「友」だ。同誌は小説を次のように評価している。
2組の不幸せな夫婦は最終的に和解し、彼の小説は紋切り型の結末にもかかわらず成功している。北朝鮮政府によって公式に認められ、巧みに展開されたプロパガンダを提供するこの作品は、全体主義体制の下での日常生活が垣間見えることに非常に価値がある。
1988年に出版されたこの小説は、人民裁判所で離婚調停を担当する裁判官、チョン・ジヌが、調停を申し出た若い女性を通じて、自らの結婚を省みるというストーリー。北朝鮮のリアルな夫婦のあり方を描きつつも、離婚を是としない北朝鮮の体制の価値観にも合致したものだ。
(参考記事:金正恩氏の「離婚厳禁」が生んだ若者文化の大変化)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「厳しい政治的要求をなんとか満たしつつも、文学的満足をも満たしている」
(コロンビア大学スラブ語科講師のソフィー・ピンカム氏、ニューヨーク・タイムズでの書評)
韓国とフランスに続き、今年に入って米国でも英語版が出版されたことが、注目と評価を受けるきっかけとなった。
翻訳を担当した米ジョージ・ワシントン大学のイマヌエル・キム教授は、米政府系のボイス・オブ・アメリカ(VOA)とのインタビューで、北朝鮮のすべての文学が政権を称賛するものではなく、また、この小説で北朝鮮のすべてを理解できるわけではないとの前提を置きつつも、北朝鮮の人々も他の国の人たちと同じような日常生活を送っていることを見せたかったと述べた。
キム教授は、1960年代から1990年代にかけての北朝鮮の小説は、ストーリーがどれも似たりよったりだったが、白南龍氏の作品は冒頭から印象がまるで異なり、男女の出会い、結婚、争いなどの過程を興味深く描いたものだと評価した。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面(参考記事:北朝鮮で1990年代に淫乱小説が流行、金正日氏の趣向で)
また、1930年代から1940年代に平壌で活動していた作家の作品には、ジェンダー差別のないテーマを扱っていたが、1950年代以降には姿を消したと説明。金日成主席や金正日総書記、生母の金正淑氏の偶像化に伴い、女性は男性に従う存在という形で描かれるようになったが、夫と争う妻を描き、個性ある女性を描いたのが白南龍氏だったと評価した。
さらにキム教授は、白南龍氏は朝鮮労働党の内部でも認められている作家であるため、プロパガンダ文学の壁を超えることができたのではないかと見ている。
(参考記事:「韓国に来ても二重の苦しみ」脱北者でゲイの小説家、半生を語る)