日本では、憲法第76条が「特別裁判所は、これを設置することができない」と定めているため、すべての人が等しく同じ法のもとで裁かれる。一方で戦前には、軍人の犯罪を裁く軍法会議や、軍人だけに適用される法律が存在していた。現在でも、米国、英国、韓国など、軍事司法権だけ独立させた制度を取っている国があ、北朝鮮もそのひとつだ。
犯罪を犯した朝鮮人民軍の軍人を裁く軍事裁判所は、憲法161条により中央裁判所(最高裁)の監督と指導を受けることになっているが、実質的には一般的な司法からは独立している。
また、民間人と軍人では収監される刑務所も異なる。民間人は社会安全省(警察庁)傘下の労働鍛錬隊や教化所に収監されるが、軍人は罪が軽い場合には人民武力省傘下の労働連隊や労働鍛錬隊、罪が重い場合には朝鮮人民軍(北朝鮮軍)保衛局(秘密警察)傘下の労働教養所に習慣される。
どこに収監されようと、著しい人権侵害の被害に遭うことに変わりはない。
(参考記事:若い女性を「ニオイ拷問」で死なせる北朝鮮刑務所の実態)
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面朝鮮人民軍7軍団本部の警務隊(憲兵隊)に勤務していた25歳のシン氏の場合も同じだ。保衛局の東部労働教養所に収監されていた彼は、普段から保衛指導員や看守からひどい目に遭わされていた。
そもそも、彼が収監された理由もかなり理不尽なものだった。
デイリーNKの軍内部情報筋によると、シン氏が3年前に、市内での取り締まり活動を行っていたときのこと。ある中佐に声をかけたが、中佐は応じようとしなかった。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面ワイロを受け取って見逃すなりしていたら、こんなことにはならなかっただろうが、シン氏は生真面目過ぎたのだろうか。
(参考記事:生真面目な北朝鮮労働者を転落の道へと追い込んだ経済難)取り締まりに従うよう要求された中佐は逆上してシン氏に殴りかかった。シン氏は殴り返し、病院送りにするほどに叩きのめしてしまった。第7軍団の保衛部は、上官に暴力を振るったとして、シン氏を逮捕し、労働教養所送りにした。
労働教養所での待遇に不満を抱いていた彼は、時々行われる反米階級教養の後で、別の受刑者にこんなことを口にした。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「子どもの頃から米国とは同じ空の下で暮らせない人民の不倶戴天の敵と習ってきたが、自分にとっての不倶戴天の敵は保衛局のやつらだ。米国のやつらは自分に直接的な被害を与えたことはないが、保衛局のやつらは自分の背中をむち打ち、靴で頭を踏みにじり獣扱いした」
この発言が問題になった。出所を控えていたシン氏に対して、軍保衛局の総合部と労働教養所が思想動向調査を行っていたが、周囲の受刑者を対象に彼の普段の言動について調査したところ、そのうちの誰かがシン氏の発言を密告したのだ。
この話を聞いた別の軍情報筋は、大したことにはならないだろうと踏んでいた。
「上部に処理の方針を示した文書を提出して、彼を予審室(取り調べ室)に入れて『発言は政治的に深刻な問題がある』として痛めつけて済ませるものだとばかりだと思っていた」
ところが、問題発覚から3〜4日後にあたる今月1日、平壌から保衛局の将官級の幹部3人がやってきて、死刑を命じたという。そして5万人の受刑者が集められた上で、シン氏に対して死刑宣告が下され、すぐに銃殺された。理不尽な出来事で受刑者となり、極めて理不尽な最期を迎えてしまったのだ。
(参考記事:「幹部19人処刑の現場」生々しい恐怖に震える北朝鮮国民)受刑者の間には恐怖が広がると同時に、やりすぎだとの声も上がっているという。「1990年代後半の大飢饉『苦難の行軍』のころに育ち、充分な思想教育を受けないままに軍に入隊、若気の至りで失言しただけなのだから、しっかり教育すれば良いだけなのに、ここまでする必要があるのか」というものだ。
これに対して保衛局の本部は「わが共和国(北朝鮮)の体制に対する小さな不満が、後に革命の首脳部に向かわないと断言できるのか」とし、この事件を「党と首領(金正恩党委員長)に対する絶対的な崇拝心を蝕む行為」と結論づけた上で、「あれこれ不満を口にする者は本人のみならず、家族全員が危険にさらされることをすべての教養生に認識させ、第2、第3の事件を根絶せよ」と警告を発した。
しかし、恐怖で一時的に口をふさぐことはできても、人々が胸の内に秘めた思いを消すことまではできないだろう。
(参考記事:殺されても「金正恩ジョーク」を止めない北朝鮮の人々)