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北朝鮮の金正恩党委員長は今年2月、家を出て路上で物乞いをして生きているコチェビ(ホームレス)の高齢者について、国が面倒を見るように指示を下した。これを受けて、各地方組織は家族のいる者は家に送り返し、身寄りのない者は養老院に収容する事業を進めた。

ところが、親を連れ戻された人々の間から「タダでさえ生活が苦しいのに、なぜ老人の世話までさせられるのか」といった不満の声が上がった。当局は工場、企業所、人民班(町内会)の思想闘争舞台(批判の場)に上げて「革命の先輩であり、生んでくれて育ててくれた親の面倒を見ないのは、わが民族の優秀な孝行心と先祖代々受け継いできた美風良俗に全面的に相反する」として、厳しく批判するように指示を下した。

また、安全員(警察官、旧称保安員)に対して、送り返されてきた高齢者を子どもがきちんと面倒を見ているかを監視、報告するよう指示した。

親の面倒を見られないほどの生活苦への不満を強引に押さえつけた形だが、一方で養老院に送られた高齢者の身にも問題が起きている。病気が蔓延しているのだ。

(参考記事:「物乞いを収容せよ」金正恩命令に国民から疑問の声

デイリーNKの内部情報筋によると、5月末からの1ヶ月間で平壌、江原道(カンウォンド)、黄海北道(ファンヘブクト)の3つの地域だけで70人の高齢者が発熱、嘔吐、下痢など感染症が疑われる症状で、養老院などに隔離された後に死亡した。

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ただし、結核や肝炎の患者に分類された高齢者は、養老院ではなく結核、肝炎専門病院に搬送されたが、そこでの死亡者は含まれていない。また、南浦(ナムポ)、羅先(ラソン)の2つの特別市と、7つの道での死者も含まれておらず、全国的にはさらに多くの人が亡くなっている可能性がある。

死因だが、養老院ではパラチフス、腸チフスなどの細菌性感染症であるとの判断を下している。ちなみにパラチフスは、江原道に駐屯する朝鮮人民軍(北朝鮮軍)第1軍団でも同じ時期に感染が広がっている。

(参考記事:「感染症で戦闘力低下」金正恩も懸念、軍の前線部隊で非常事態

ただ、パラチフスと違って抗生剤を投与しても症状が改善しない患者がおり、呼吸困難を伴うケースもあることから、「コロナではないか」との疑惑が広がった。ちなみに、国立感染症研究所の資料によると、2010年に日本で発生したパラチフスの18症例のうち、呼吸困難を示したものが1症例ある。

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(参考記事:高熱の患者をそのまま火葬…「新型コロナか」北朝鮮で疑念広がる

「パラチフスの患者はレボミチンの注射を1本打てばすぐに治るというので、道や市の朝鮮労働党委員会は市場で売られているレボミチンの注射液を党の資金で1本1万4000北朝鮮ウォン(約170円)で買ったり、平壌の医療機関から提供を受けたりして投与したのだが、効果がなかった」(情報筋)

ただ、情報筋は患者にペニシリンやマイシンも効かなかったことから、免疫の低下によるものである可能性も示している。

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大量死の事案について報告を受けた中央党(朝鮮労働党中央委員会)は先月末、道や市の朝鮮労働党委員会や人民委員会(道庁、市役所)の責任イルクン(幹部)を批判し、警告を発した。そのうえで朝鮮労働党の75回目の創立日の10月10日を控えた現時点で、これ以上の死者を出さないようにせよと要求した。

また、全国の養老院に対して高齢者1人あたりコメ400グラムに加え、薬品、人員、設備などを支援するよう指示を下した。これを受けて各地の党委員会、人民委員会は検診車を使って巡回検査に乗り出した。

普段は市民の暮らしぶりや生死にさほど関心を持とうとしない党や人民委員会が、市民の健康にここまで気を使っているのは、前述の通り金正恩氏の「マルスム」(お言葉)があったからだ。指示された内容通りに進められなければ、地方組織の幹部は物理的にクビが飛んでしまう可能性もある。

(参考記事:「幹部19人処刑の現場」生々しい恐怖に震える北朝鮮国民

自宅に戻ったりした高齢者のうち健康な人たちは、監視の目があるのでしばらくは家にいるものの、やがて家を出て路上に戻っていくという。追い出されるのではなく、苦しい生活を強いられる子どもたちを見て、いたたまれなくなるからだ。

老若男女を問わず、数多くの北朝鮮の人々が、家や家族を棄てて、あるいは家族を養うために家を出るという。

(参考記事:経済難で食い詰めた北朝鮮庶民、海辺の都市をさまよう