新型コロナウイルスで全世界がパニックに陥っている中でも、金正恩党委員長のリゾート好き、ハコモノ好きは抑えきれないようだ。
金正恩氏は3月初め、スキー場の拡張工事を行えとの指示を下した。その場所は、慈江道(チャガンド)の江界(カンゲ)だ。現地のデイリーNK内部情報筋は、指示の理由について「慈江道の軍需労働階級も充分な文化生活をできるようにせよ」と伝えている。この指示には、それなりの訳がある。
北朝鮮の北部にある慈江道は、険しい山に囲まれ、江界トラクター総合工場、江界精密機械総合工場、2・8機械総合工場など、民生用に偽装した軍需工場が集中している。また、米朝、南北首脳会談が行われ、咸鏡北道(ハムギョンブクト)吉州(キルチュ)郡豊渓里(プンゲリ)の核実験場を破壊した2018年、核兵器を隠蔽する目的の施設が建設されたとも伝えられている。
(参考記事:北朝鮮、北部山間地の統制強化へ「核兵器隠蔽」が目的か?)それだけに、人々の移動が非常に厳しく制限されている。通行証がなくても多くの地域へ訪問が可能な平壌市民でも、慈江道だけは自由に訪れることはできない。国際援助団体の職員も立ち入りを厳しく制限され、地元の人が他の地域の人と結婚すれば、慈江道で暮らすことを強いられるほどだ。
その見返りとして、他の地方では考えられないような、潤沢な配給が行われてきた。他の地方では、1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」の頃に配給システムが崩壊し、人々は山を切り開いて畑を耕したり、市場で物を売ったりして生き抜いてきたが、そんな状況でも慈江道の人々は相対的に安定した暮らしをしてきた。そのせいで、現地の人々は「生活力」を鍛える機会を失った。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面2017年3月には、勤めていた軍需工場からの食料配給が途絶え生活苦に悩んでいた女性が、自ら命を絶つ事件が起きている。
(参考記事:北朝鮮の20代女性が山中で「究極の選択」をした理由)移動が制限されているため、人々は他の地方に働きに出ることも容易ではないが、「軍需工場の約7割が人体に害のある作業」(情報筋)なので、権力や財力のある人は、コネを使って自分の子どもは軍需工場に配属させないようにする動きも現れている。
過去には、ミサイル工場が大爆発を起こし、膨大な死傷者が出る悲惨な事故も起きている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面(参考記事:【目撃談】北朝鮮ミサイル工場「1000人死亡」爆発事故の阿鼻叫喚)
軍需工場への配属忌避は、「慈江道の労働者は子々孫々、軍需工場で勤務せよ」とする国家の方針に反するものとは言え、思想教育だけでは止められない。
世論の悪化を重く見た金正恩氏が、道民をなだめるために持ち出したのがスキー場の拡張だったというわけだ。それだけではない。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面道党(朝鮮労働党慈江道委員会)では、スキー場以外にも住宅、託児所、少年宮殿、道路舗装、橋の舗装などをインフラの再整備を行い「慈江道を難攻不落の武陵桃源(桃源郷)にする」計画をぶち上げた。新型コロナウイルスの感染拡大防止のための医療体制の整備よりは、軍事を選んだということだ。
その期日は10月10日の朝鮮労働党創立日に設定された。北朝鮮では今までも、「速度戦」の名のもとに、無茶な工期をゴリ押しして、貴重な人命が大量に失われてきたが、またそれが繰り返される可能性がある。
(参考記事:「事故死した98人の遺体をセメント漬け」北朝鮮軍の中で起きていること)
ちなみに、ハコモノ整備は「元帥様(金正恩氏)の人民愛の現れ」などと称えられているが、その資材や労働力を供出するのは一般国民なのである。
(参考記事:タワマン大好き金正恩、そのしわ寄せで国民は「土の家」に住む)