昨年末に平壌で開かれた朝鮮労働党中央委員会第7期第5回総会で金正恩委員長は、「全党的、全国家的、全社会的に反社会主義、非社会主義の現象を一掃するための闘いを度合い強く繰り広げ」るべきだと強調した。
彼の言う「非社会主義、反社会主義」だが、当局が考えるところの社会主義にそぐわない行為を意味し、韓流ドラマや外国映画を視聴したり拡散したりすることも含まれる。だが実際のところ、北朝鮮ではいつの時代にも「非社会主義」的な行為が存在した。
北朝鮮の警察庁に当たる人民保安部(現人民保安省)が2010年に出したある内部向け参考資料には、「万景台区域保安署の黒いジャンパー部隊掃討作戦」というタイトルの手記が掲載されているという。著者の名は、ユン・スギョンだ。
この事件の内幕について、ある脱北者が韓国の朝鮮日報(インターネット版2015年2月17日付)に寄稿している。デイリーNKジャパンでは、その記事を再構成した。
キム・ドンヒは、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)名誉衛兵隊の隊長だったキム・ビョンウク大佐の息子だ。名門金日成総合大学を卒業後、朝鮮人民軍保衛司令部系列のチャムセム貿易会社に入社した。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面彼が手掛けたのは骨董品ビジネスだった。北朝鮮国内にある骨董品を輸出し、莫大な利益を稼ぎ出した。その実績を保衛司令部の司令官に買われ、副社長の座に登りつめた。一般国民は持つことすら許されない乗用車、それも高級外車のアウディを3台も所有。移動の際には、柔道やテコンドーの有段者からなる8人のボディガードを帯同した。常に10万ドル以上の現金を持ち歩いていたからだ。高麗ホテルなどの高級ホテルには、彼の専用ルームがあるほどだった。
軍高官の父を持ち、金正日総書記の義弟である張成沢(チャン・ソンテク)元朝鮮労働党中央委員会部長、保衛司令官、保衛部(秘密警察)参謀長など強力過ぎるコネを持った彼だったが、ある日突然、逮捕された。容疑はポルノ映画の制作だ。
1990年代末まではうまく行っていた彼の骨董品ビジネスだが、思わぬ障害にぶち当たった。ニセモノだ。骨董品が儲かると聞きつけた多くの人々が、先を争ってニセモノを作り、輸出しようとしたのだ。「北朝鮮の骨董品にはニセモノが多い」。そんな噂が立ち、骨董品が売れなくなってしまった。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面そこで目をつけたのが、ポルノだったわけだ。
有名女優を多数出演させたポルノ映画を撮影し、海外に輸出して外貨を稼ぐというのが彼の計画だったようだ。撮影を依頼した相手はパク・ヒョク。1949年に公開された北朝鮮初の映画「わが故郷」でヒロイン役を務めた人民俳優兪敬愛(ユ・ギョンエ)と人民演出家朴学(パク・ハク)の息子で、演劇映画大学撮影学部を卒業して映画カメラマンとして活動していた。
そして主演したのは、1993年の映画「所属なき部隊」に出演し人気を集めた女優のピョン・ミヒャンだった。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面かくして北朝鮮製のポルノ映画の海外初進出となったが、撮影地を隠して輸出したものの、しばらくして問題が発生した。
映像にはハンガーに掛けられた服が登場するが、そこに金日成バッチが付けられていたことから、北朝鮮で撮影されたことがわかったというのだ。
在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の関係者がそれを発見し、本国に報告した。烈火の如く怒った金正日総書記は、保安部(現人民保安省)に「何が何でも犯人を捕まえろ」と指示した。平壌市の万景台(マンギョンデ)区域保安署(警察署)が捜査に当たった結果、捜査線状に浮かび上がったのが、キム・ドンヒとパク・ヒョクだった。
強力過ぎるコネに加え、人望も厚かったのだろうか。多くの幹部がキム・ドンヒの救命に乗り出した。
しかし、万景台区域保安署副署長のユン・スギョンと事件の担当者のホ・ビョンチョルは、彼に手心を加えるように圧力をかけてきた上司の言葉を無視し、高額のワイロにも興味を示さず、さらには、「自分たちの(身内の)人間だから身柄を引き渡せ」という保衛司令部の指示さえも無視した。金正日氏の命令があったのだから、それを貫徹するのみと、一切の圧力や誘惑に耳を傾けなかった。
2人の頑なな態度に業を煮やしたキム・ドンヒの部下たちは、荒っぽい作戦に出た。仕事を終えて帰宅途中のユン・スギョンとホ・ビョンチョルを拉致したのだ。
部下たちは、このままでは家族の命はないものと思えと2人を脅迫し、キム・ドンヒを釈放するか、身柄を保衛司令部に引き渡せと迫った。しかし、いかなるアメとムチにも2人が屈することはなかった。部下たちは2人を殺害しようとした。しかし、腕に覚えのある2人は格闘の末、監禁場所からの脱出に成功したのだ。
2001年4月末、平壌市兄弟山(ヒョンジェサン)区域の上堂洞市場で公開裁判が行われた。引き立てられてきたのは、キム・ドンヒとパク・ヒョク。多くの幹部や住民が見守る中、「有名女優をかき集めポルノ映画を撮影し、日本などの海外に売り払い、カネを使い果たした」という罪状が読み上げられ、二人には死刑が宣告された。
キム・ドンヒは絞首刑、パク・ヒョクは銃殺刑だった。そんな「上級国民」の無残な最期が知れ渡るや、「あんな有名人を処刑するなんて」と疑問の声が噴出したという。
女優のピョン・ミヒャンは、別の日時に多くの芸術関係者が見守る中で処刑された。これは、現在の金正恩政権に至るまで、北朝鮮で何度も繰り返されてきたやり方だ。
(参考記事:機関銃でズタズタに…金正日氏に「口封じ」で殺された美人女優の悲劇)
一方、キム・ドンヒの後妻で、4.25映画撮影所所属で様々な映画のヒロインを務めた人民俳優、リ・ウォルスクには、革命化(下放)処分が下された。半年間地方の農場で働いた後、俳優としてカムバックできたのは、彼女がポルノ映画に出演していなかったからだろう。
圧力にも懐柔にも死の恐怖にも屈さずに任務を全うした万景台区域保安署副署長のユン・スギョンは、その功績を高く買われ、平壌市保安局副局長、そして人民保安部局長を歴任した。その後に書いたのが前述の手記「万景台区域保安署の黒いジャンパー部隊掃討作戦」だったというわけだ。
このようにポルノ映画やアダルトビデオなどに関わって命を落とした北朝鮮の映画、芸術関係者は一人や二人ではない。
(参考資料:北朝鮮の有名な芸術家が出演するポルノが存在)