今月初めに平安南道(ピョンアンナムド)の平城(ピョンソン)市で、金氏一家を非難する内容のビラと冊子が大量に巻かれ、当局が取り締まりに乗り出した。

2010年に北朝鮮国内で撒かれた反政府ビラ
2010年に北朝鮮国内で撒かれた反政府ビラ

平安南道の情報筋によると、ビラが撒かれたのは今月上旬、平城駅前でのことだ。ビラは、3代世襲を非難するものと、「金日成・金正日を正しく知る」というタイトルの冊子60冊だ。昨年9月の党代表者会で3代世襲が公式化した後、北朝鮮国内ではこの様なチラシや冊子が急増している。

国家保衛部・防衛隊員と安全部保安員は、各人民班班長を集め、ビラや冊子を見た人々に届け出を奨励せよという内容の会議を行った。しかし、配布現場の目撃者が登場せず、捜査が難航している。

現在、平城市には合同捜査本部が立てられ、検閲人員が小冊子の回収に乗り出しているが、極僅かしか回収できていない。情報筋は「好奇心で冊子やビラを見た人が懲罰を恐れて隠している」と説明した。

内部情報筋によると、最近北朝鮮では、ビラや冊子、DVDなどの宣伝物が市場などで大量に流れており、これを取り締まる打撃隊が活動している。この様な反体制冊子や印刷物は中国からの流入と判断し、国境警備を強化している傾向にある。

昨年6月に両江道で撒かれたビラ、冊子、DVDを独占入手

一方、昨年6月末に両江道恵山市の市場やアパートの玄関、DVD販売店などに配布された冊子「金正日·金正恩を正しく知る」とビラ「金氏一家の3代独裁世襲は、亡国の道」、映画の途中で韓国の発展した姿を移した映像に切り替わるDVDを、デイリーNKが独占入手した。

韓国の情報当局関係者は「韓国の民間団体が風船にぶら下げて送ったチラシやDVDでは無く、別のルートから持ち込まれたと思う」と述べた。この資料を送ってきた北朝鮮内部の情報筋は「昨年恵山市に大量に配布されたものを隠し持っていた。監視が緩まったため送ることにした」と述べた。

「新社会建設中央委員会」名義で撒かれたA4サイズのビラは、北朝鮮の3代世襲を激しく非難する内容が書かれている。

初めに「脳卒中の合併症で残り少ない老いた金正日が、今年26歳になる末息子の金正恩に統治権を譲ろうと横車を押している」と紹介している。

「金正日の65年間の鉄拳統治でで、この国は人間の生き地獄と化しただけでも腹に据えかねるが、再び世間知らずの金正恩を王冠をかぶせ3代世襲を行う策略を、これ以上は我慢できない」と話した。

また「キャリアもない金正恩は金慶喜(キム・ギョンヒ)、張成沢(チャン・ソンテク)、崔龍海(チェ・リョンヘ)などの複数の側近と、この国を支配しようとしている。人民達よ!無能な世間知らずに国と人民の運命を任せることは出来ない。3代王族世襲を反対する愛国的闘争を行おう」と訴えた。
 
計107ページの冊子(横7cm縦10cm)には、金正日の家系とその女性、側近らが写真と共に紹介されている。

2010年に北朝鮮国内で撒かれた反政府冊子
2010年に北朝鮮国内で撒かれた反政府冊子

金正日氏の「出生の秘密」も暴露

金正日の出生の秘密(北朝鮮では1942年に白頭山の密営で生まれたと主張するが、事実は1941年にハバロフスクで生まれた)、豪勢な生活、女性遍歴など、北朝鮮では紹介されていない内容を詳しく説明している。

金正恩について書かれた冊子には、彼の家系や金玉(キム・オク)・金慶喜(キム・ギョンヒ)・張成沢(チャン・ソンテク)、スイス留学時代の姿を写した写真が掲載されており、後継の展望、金正恩が後継者になることができない理由などが含まれている。

DVDは韓国映画『マリンボーイ』が録画されているが、中間部分に平昌スキー場でスキーを楽しむ人々の姿やスキー場の夜景などが紹介される。消息筋によると、昨年に散布されたこのDVDは、韓国映画『クロッシング』、『マリンボーイ』、米映画『ランボー』などが録画されており、一部の住民は互いに交換しあっているという。

また、ビラは『新社会建設中央委員会』が発行機関になっており、住民の間では「北朝鮮にも金正日に反対する組織が秘密裏に動いているのでは」という噂が流れていると情報筋は伝えた。

情報筋は「市場では、金正日の妻が何人、子供は誰、名前は何々だという話が広まった。一部では『我々は騙されて暮らしてきた気がする』と言っている」と話した。

2010年8月に脱北した31歳男性のヤン・セイル氏は「市場ではあのビラの噂で持ちきりだった」「みんな空腹だったのに、通報なんてするわけない。むしろ通報する人の方がおかしい」と当時の雰囲気を伝えた。

消息筋によると、当時、検閲官らはこの事件を「ルーブ」と名付け、冊子を拾ったり、見た人の「自首」を促した。「金日成・金正日の隠れされた過去」というタイトルを言うとむしろ好奇心を煽ってしまうので「青いカバーの冊子」と呼んでいた。

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