北朝鮮では、すべての人が週1回以上、職場や学校などにおいて「生活総和」と呼ばれる自己批判を行う。自分の行動や考えの間違いを告白し、自己批判を行った上で再発防止策を示し、その後は相互批判を行うというものだ。事前に口裏を合わせて批判レベルを調整するなど、形骸化が指摘されているが、今に至るまで続けられている。
その拡大版が「思想闘争会議」だ。この場では多くの人が見守る中、壇上に引き立てられてきた人々が次から次へと厳しい批判に晒される。
両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋は、道内の三池淵(サムジヨン)郡会館で今月5日、道保安局(県警本部)主催で非社会主義公開思想闘争会議が開かれたと伝えた。
保安署長(警察署長)ら5人の幹部に加え、朝鮮労働党三池淵郡委員会、朝鮮社会主義青年同盟、朝鮮社会主義女性同盟の初級団体委員長ら80人が見守る中で、壇上に引き立てられてきたのは、恵山(ヘサン)在住のチョンさん、三水(サムス)在住のキムさん、そして甲山(カプサン)在住のパクさんの3人だ。
3人に対する批判の内容は、次のようなものだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「革命の聖地、三池淵地区をこの世で最も住みやすい地上の楽園として建設することについての党の指示など気にもかけず、2019年5月初めから今に至るまで自分らの懐を肥やすために建設現場周辺で売店を営み、建設労働者たちによからぬ影響を与えた」
三池淵は、朝鮮民族の霊山である白頭山を擁し、金日成主席がかつて抗日パルチザン活動を行ったことになっている地で、二重の意味で北朝鮮の「聖地」だ。金正恩氏はその三池淵を「模範、標準となる山間文化都市」にする開発プロジェクトに力を入れている。
そこに集まった建設労働者相手に売店を営んだからといって、どこに問題があるのだろうか。それは、3人の商人が受け取っていた「カネ」にあった。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「建設現場でモルタルを一杯でも多くすくい、党が気を揉んでいる三池淵地区の建設に助けになろうとは考えず、毎日建設現場の周辺で商売をすることで、建設労働者が建設資材を売り(横流しし)、そのカネで売店で酒、タバコ、食べ物を購入するように誘導した」
建設労働者が建設資材をちょろまかし、売り飛ばして得たカネで、3人が営む売店で買い物をしていたということだ。どう考えても悪いのは建設労働者の方だが、当局は商人の方を厳しく批判した。
三池淵や元山葛麻(ウォンサン・カルマ)海岸観光地区など、北朝鮮の大型の建設現場では、建設資材の横流し、横領、盗難などがかねてから相次いでいる。当局も手をこまねいてみているわけではなく、厳しい取り締まりを行ってはいるものの、取り締まり担当者までグルになったり、ワイロで抱き込まれたりするケースも多い。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面(参考記事:「手足が散乱」の修羅場で金正恩氏が驚きの行動…北朝鮮「マンション崩壊」事故)
ただでさえ深刻だったこれらの行為が、国際社会の制裁で国民生活が苦しくなったことで以前にも増して横行している。
三池淵建設を指揮する朝鮮人民軍216師団建設団は昨年9月、所属の兵士、突撃隊員、一般労働者に「国家財産である資材を盗んだ者は地位を問わず厳罰に処す」と警告を発した。
(参考記事:マンション崩壊で500人死亡の惨事も…金正恩氏が下した決断とは)それを聞いてしばらくはおとなしくしていたであろうが、ほとぼりが冷めれば元通りというのが北朝鮮の常だ。効果がないと見た当局は、商人を見せしめにするすることで建設資材の横流し、横領、盗難を抑え込むと同時に、資本主義的行為を批判することで住民の思想的武装を強調する効果を狙ったものと思われる。
会議では商売を「カネしか知らない資本主義生活様式にひたり、カネに目がくらみ敵を助ける利敵行為のような非常に危険な行為」とし、3人に対して商品の没収と労働鍛錬隊(軽犯罪者を収容する刑務所)6ヶ月の刑、三池淵での無報酬労働を言い渡した。
しかし、これでは根本的な原因の解決には全くならない。
北朝鮮での建設工事は、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の建設部隊や、突撃隊と呼ばれる半強制の建設ボランティア部隊によって行われる。いずれも報酬は支払われない。だからといって、建設現場で厚遇されるわけではなく、劣悪な労働環境や貧弱な食事など
労災事故や病気で亡くなったりする人も相次ぎ、当局の動員に応じようとせず逃げてしまう人も増えていると伝えられている。労働党金正淑(キムジョンスク)郡委員会は、郡内の美装工25人を集めて行き先を告げぬまま三池淵に送り込もうとしたが、その企みに気付いた美装工はトラックから飛び降りて逃げてしまった。
(参考記事:「いっそ刑務所に送って」悲鳴止まぬ金正恩印のブラック現場)国が支払わない賃金を民間人が支払うケースも現れている。「代打労力」といって、別の人に賃金を支払って自分のかわりに動員現場に行ってもらうというものだ。
(参考記事:北朝鮮の強制建設ボランティア「金持ちは免除、貧乏人だけ行かされる」)ちなみに、北朝鮮当局の行為は強制労働を禁止した国際労働機関の29号条約に違反していると思われるが、北朝鮮は条約加盟以前にILOにも加盟していない。