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韓国でソウルオリンピックが開かれる直前の1988年夏、平壌市内の各区域の逓信所(郵便局)で差出人不明の手紙が多数発見された。いずれも宛先は「親愛なる指導者 金正日同志」となっていた。

手紙はガリ版で刷られたものだった。ガリ版とは、パラフィン、ワセリン、松脂を含ませたロウ原紙に鉄筆で文字を刻み込み、枠にはめてローラーで印刷するというものだ。日本では1980年代まで使われていたが、北朝鮮では1970年代からタイプライターの導入が進み、主要機関ではほとんど使われなくなっていた。

手紙の内容は、金日成主席の独裁体制を厳しく批判し、古くなった社会主義制度ではもはや国の発展は望めないという体制批判だった。投書は、マルクスの資本論の矛盾を事細かく指摘し、プロレタリア独裁は創造力を低下させ、経済発展を阻害すると強調した。

秘密警察が追った「筆跡」

投書はさらに、北朝鮮で「土台」「成分」などと呼ばれる身分制度にも踏み込んだ。21世紀が目前に迫っているというのに、封建社会で権力維持に使われていた身分制度が残存している北朝鮮の体制は、階級のない社会を目指した共産主義の理想に反する奴隷社会、極悪な搾取社会になってしまったと強く批判した。