韓国・ソウル市内の地下鉄を運営するソウル交通公社は昨年11月、駅構内から大型の広告を段階的になくし、2022年までに全廃する方針を示した。その中には美容整形外科の広告も含まれているが、これについて同社は「美容整形の広告は外見至上主義と女性の体に対する差別的な味方を助長するとの批判的な認識がある」としている。

このように「整形大国」と言われる韓国にも微妙な変化が生じつつあるが、新たな整形大国が軍事境界線の北側に現れつつある。

両江道(リャンガンド)の情報筋が米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)に語ったところによると、平壌の一部女性の間で流行していた整形手術が、全国に広まりつつある。地方ではネイルアートやつけまつげにとどまらず、本格的な整形手術を受ける女性も現れた。

なし崩し的な市場経済化による新興富裕層の出現が、こうした現象に拍車をかけていると思われる。

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施術するのは、国営病院に勤める医師だ。仕事を終えた医師は、自宅に道具を揃えて整形手術を行う。二重まぶたにしたり、ほくろを除去したりと言った簡単な手術は、医師が患者宅に往診して行う。整形の技術を専門的に学んだ医師がほとんどいないため、外科の医師が行うことが多いが、中には看護師が行うケースすらある。

技術を持たない医師が、衛生が保たれていない場所で執刀することで、医療事故が起きていると伝えられている。当局は整形手術を「腐って病んだ資本主義の退廃的な文化を持ち込み、わが国の社会を蝕む行為」だと非難し、厳しく規制すると医師たちを脅かしているが、効果的な取り締まりは行われていない。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋によると、平壌や国境地域に住む女性は中国や韓国の整形手術事情について非常に詳しい。密かに流入した韓流ドラマや映画、バラエティの影響だろう。また、国境地域では中国からの情報がダイレクトに流入する。中国のテレビでは化粧品、美容グッズに加え、整形外科のCMも流されている。影響を受けた女性たちは、韓国人のような外見を得るためにありとあらゆる手法を動員するのだという。

ただ、市場経済化の進行により富裕層が出現したのは事実だが、貧困層との格差の拡大も激しい。

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特に農村は、いまだその日暮らしの庶民が大半であり、美容整形が本格的に広がるとしても、それはまだしばらく先のことだろう。

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一方、医師が女性たちからの要望に応じてヤミの整形手術を行うのは、経済的に苦しい立場に立たされているからだ。北朝鮮で医師の社会的地位は低く、給与面で全く優遇されていない。つまり、他の労働者と同様に、コメ1キロ分に相当する額の給料しかもらえないのだ。

医師は、患者から様々な名目でワイロを受け取ったり、病院に支給された医薬品を市場に横流ししたりして暮らしている。自宅を改造して診療所を開く人もいる。こういう場所が、ヤミ整形の温床となる。

医者でこの有様なのだから、医学生の窮状は推して知るべしだ。彼らは、整形手術や違法とされている中絶手術を行い、150元から300元(約2420円〜4840円)の費用を受け取っている。

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高英起(コウ・ヨンギ)

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1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記