北朝鮮で、「捨て子」の増加が社会問題となっている。その背景には、社会や女性の生活のありようの変化に全く対応できていない北朝鮮当局の無能ぶりと、女性を苦しめる旧態依然とした社会的観念がある。
北朝鮮では妊娠中絶が禁止されているため、望まぬ妊娠により子どもを産んだ未婚の女性が、密かに子どもを捨ててしまうのだ。
(参考記事:北朝鮮で「捨て子」が深刻化…背景に「避妊・中絶」禁止)また、避妊も簡単ではないという現実が、こうした現象に拍車をかけてもいる。
(参考記事:コンドーム着用はゼロ…「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち)金正恩党委員長は少子化の進行に危機感を強めているとされ、それが、中絶禁止などの無茶な施策につながっているわけだが、それによって出産が増える効果はまったく表れていないばかりか、捨て子の増大という新たな大問題を発生させているわけだ。
さらに、上記のような現実に加え、合法的に離婚できなかった女性が夫と子どもを捨て、生活力のない夫が子どもを捨ててしまう、といった現象も起きている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面北朝鮮は、離婚の難しい国だ。当局が離婚を「革命の敵」「子どもの未来を食いつぶすエゴイズム」と規定し、社会悪とみなしているためだ。
北朝鮮では1956年3月に協議離婚が廃止され、裁判離婚のみが認められることになった。また、「離婚が社会と革命を利する場合のみ容認する」とし、許可事由を性病などの健康問題や重大な違法行為など、いくつかに限定している。さらに、2回目の離婚からは、地裁ではなく高裁(道裁判所)で審理が行われる。
そんな北朝鮮でも近年、離婚が急増しているのだが、法の不備が深刻な問題を引き起こしていると、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が伝えている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面平安南道(ピョンアンナムド)の情報筋は、商売で生計を成り立たせる市場経済が一般化した影響で、離婚による家庭崩壊が社会問題になっており、30代の若い層での離婚率が急増し、子どもが捨てられることもあると伝えた。
情報筋はある事例を挙げた。場所は平壌市郊外の平城(ピョンソン)。全国有数の卸売市場がある、北朝鮮の物流の中心地だ。
そこで商売をしていたトンジュ(金主、新興富裕層)の30代女性は、夫から浮気を疑われ暴力を振るわれた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面翌日、女性は裁判所に向かい、離婚請求を行ったが、判事に却下されてしまった。その理由は「暴力は離婚の理由として認められない」というとんでもないものだ。反発した女性は「法なんか頼りにならない」と言い放ち、3歳の息子を置き去りにして家から出ていってしまったという。
「市場経済が発達した都市の女性は、商売で一家の生計を支えてきたが、家父長的な文化はそのままだ。それに耐えきれなくなって離婚や家出をしてしまう」(情報筋)
夫婦が離婚した場合、子どもの養育権は元妻が持つのが一般的だが、元夫が養育費を支払おうとしない場合、子どもを元夫のところに送り出す。経済力のない元夫は結局、子どもを捨ててしまうというのだ。
(参考記事:女性からの「死の復讐」に怯える北朝鮮のバツイチ男性)男性は学校卒業後や兵役を終えた後に、国営企業や国の機関に配属されるが、まともな給料も配給ももらえない。一方、必ずしも就職する必要のない女性は、市場での商売に励み経済力をつけている。おかげで女性の地位は向上しているが、男尊女卑的な旧来からの文化も根強く、そのギャップが様々な問題を引き起こしている。
「北朝鮮では、性に対する考え方が開放的になり、男性も女性も憂さ晴らしで不倫をすることが多い。市場経済化の副作用が、離婚率の拡大として表れている」というのが、この情報筋の見方だ。
(参考記事:北朝鮮で「サウナ不倫」が流行、格差社会が浮き彫りに)高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。