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北朝鮮の金正恩党委員長は「酒豪」だと言われる。4月27日の南北首脳会談後に催された晩餐会では何度も杯を空けていたとされるし、3月の中国訪問時の晩餐会でも酒杯を手にしていた。

「喜び組」パーティーで知られる父の金正日総書記も、祖父の金日成主席も大の酒飲みだとして知られた。金王朝の血統は、酒好きのDNAを持っているのかもしれない。

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ロッドマンと乱痴気

こうした認識を前提とすると、ちょっと不思議に思えるエピソードを見つけた。それは、韓国に亡命した元駐英北朝鮮公使の太永浩(テ・ヨンホ)氏は近著『3階書記室の暗号 太永浩の証言』(原題)の中に収められている。

2015年5月、金正恩氏の兄・金正哲(ジョンチョル)氏がエリック・クラプトンの公演を見に、ロンドンを訪れたときの話だ。金王朝の一員らしく、やはり人使いの荒い金正哲氏だが、大使館員たちの苦労をねぎらう気持ちは持っていたようだ。

ホテルの自室で大使館員らに酒をふるまう金正哲氏に、太永浩氏が「ご返杯」しようとしたときだ。金正哲氏はそれを断ると、平壌出発に先立ち会いに行った相手から「一杯やろう」と勧められ、飲み過ぎてしまったのだと説明。そして「(その相手が)酒も飲めないくせに、私に飲もうと言うものだから」と語ったという。

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太永浩氏は、ここで不思議に思った。同氏によれば、北朝鮮では幹部が海外出張に出る際、上役に報告に行くのが慣例だそうで、金正哲氏の場合は金正恩氏のほかに考えられなかった。しかしそれでは、話の筋が通らない。金正恩氏は元NBAスター選手のデニス・ロッドマンとエリート女学生をはべらせた乱痴気パーティーをするなど、以前から酒飲みとして知られていた。

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また、北朝鮮の幹部が目下の者に酒を進める場合、「チュ~ッ、ネラ(ぐいっといけ)」と言って、イッキ飲みさせるのが普通だ。金正哲氏も、それで飲み過ぎたのだ。ということは、金王朝の次男坊である同氏に「イッキ飲み」させることのできる人物は、金正恩氏とも同じくらい近しいということではないのか。彼が最高指導者になった後は別としても、それ以前には、金正恩氏にも「イッキ飲み」させていたのではないだろうか。

果たして、その人物は何者か。筆者には、思い当たる人物が1人だけいる。金正哲・正恩・与正(ヨジョン)兄妹の異母姉である金雪松(キム・ソルソン)氏だ。

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父・金正日総書記の時代から権力中枢でキャリアを積み、彼ら兄妹より年上でもある金雪松氏であれば、弟たちに「チュ~ッ、ネラ(ぐいっとお飲み)」ぐらいのことは言えるだろう。

ただ、金雪松氏はエリート外交官の太永浩氏ですら「詳しく知らない」と言うほどに、北朝鮮では隠された権力者だ。金正恩氏の活発な首脳外交で北朝鮮が近づいてきているような気もするが、あそこはまだまだ「謎の国」なのである。

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高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記