北朝鮮の秘密警察、国家保衛省の海外反探局(防諜担当部署)の幹部で、金正恩党委員長の親戚にあたる康(カン)大佐が脱北したことは、デイリーNKジャパンでも報じた。

金正恩氏は康大佐の殺害を命じ、国家保衛省の要員を海外に送り出しているとされる。そして平壌のデイリーNK内部情報筋によれば、4月中旬にも大佐が亡命を試みていると思われるヨーロッパに追加の要員を送り込んだもようだ。

「喜び組」暴露で激怒

金正恩氏は、先に派遣した追跡班が成果を挙げられないまま帰国するや、激しく怒り、「今年中には必ず殺さなければならない」として、各国に派遣された反探局の要員も秘密裏に康大佐の追跡に投入した。

大佐は金正恩氏の親戚であるだけでなく、偽ドル札印刷の原版とかなりの額の外貨を持ったまま姿を消し、機密情報を知る立場にあったという点も殺害命令の背景にある。

当局は「父が革命家であっても、子どもがそうとは限らない」と強調し、現在の忠誠度に基づく評価が重要だとしている。これは、「白頭の血統」の一員を追跡することに対して、要員の間にあるためらいを払拭するためのものと思われる。

とは言っても、金王朝が海外に逃れたファミリーを手にかけるのは、これが初めてではない。

金王朝からは過去に、李一男(リ・イルナム)氏が脱北している。金正日総書記の妻の成へリム(ソン・ヘリム)氏の姉である成ヘラン氏の息子で、昨年マレーシアで殺害された金正男(キム・ジョンナム)氏の従兄にあたる。1982年に韓国に亡命後、李韓永(イ・ハニョン)と改名して暮らしていたが、1997年にソウル郊外の自宅で北朝鮮が派遣した工作員に殺害された。

(参考記事:標的は「喜び組」暴露した妻の甥…金正日氏が命じた「暗殺」作戦

李氏は韓国で、「喜び組」をはべらせた「秘密パーティー」など金王朝の内幕を暴き、金正日氏の激怒を誘ったとされる。金正恩氏にも「パーティー癖」があると言われるが、大佐はそのような情報も握っているのだろうか。

(参考記事:北朝鮮「秘密パーティーのコンパニオン」に動員される女学生たちの涙

一方、捜索は当局の思うように進んでいないと情報筋は伝えた。

「大佐はわが国(北朝鮮)の要員の手法を熟知しているだけあって、そう簡単には捕まらないだろう。逮捕の知らせより、むしろ亡命成功の知らせのほうが早いのではないか」

大佐は、海外反探局の三頭馬車(ビッグ3)と呼ばれる大物で、中国、ロシア、東南アジアで活動する反探局の要員の指揮にあたっていた人物だ。元部下のやり方、性格などすべてを知っているだけあって、追手をかわすことなど朝飯前なのかもしれない。

この事件を受けて当局は、国家保衛省内部の動揺を防ぐと同時に、忠誠心の強化を図ることに注力している。4月30日に、朝鮮労働党の方針で国家保衛省のイルクン(幹部職員)の講習を行うことについての指示が出され、先月11日までにすべてのイルクンが講習を受けた。地方や海外に滞在している者に関しては、現地で講習を受けることが指示された。

表向きは「現時代と革命発展の要求に合わせて、保衛部労働者の党性を鍛えて強化する」というテーマだが、実際は大佐の脱北による動揺と混乱を防ぐためのものだと情報筋は説明した。

省内の課長級を対象に行われた講習では「大佐の反逆行為が、南朝鮮(韓国)と外国メディアによって報じられた」と言及し、秘密厳守の指示があらためて伝えられた。

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高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

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