韓国で「脱北美女タレント」として活躍していたイム・ジヒョンさんが、忽然と姿を消し、北朝鮮の対外向けプロパガンダメディア「わが民族同士」に登場したのは昨年の7月。

北朝鮮に拉致された可能性が高いと見られるが、この事件は昨今の朝鮮半島の融和ムードにすっかり埋没してしまった。

(参考記事:美人タレントを「全身ギプス」で固めて連れ去った金正恩氏の目的

北朝鮮の保衛部(国家保衛省、秘密警察)は、融和ムードに逆行するかのように、脱北者を懐柔、脅迫して北朝鮮に帰国させる作戦を続けている。その実情を両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋が伝えてきた。

両江道保衛局の反探課(対スパイ担当部署)のチェ中佐は、現在韓国に暮らしている脱北者に頻繁に電話をかけ「過去のことは問わない、元いたところで暮らせるように保証する」「安心して祖国に戻れ、決心さえすればいつでも受け入れる」と懐柔している。

そればかりか、連絡先を教えて「中国に来れば迎えに行く」と伝えるなど、脱北者を帰国させるために便宜を図ろうとしている。「一人でも引っかかれば大成功と思っているようだ」(情報筋)とのことなので、これぐらいの手間は厭わないのだろう。

2013年に脱北して韓国に住むチャンさんは、保衛部は頻繁にメールを送り付けてきたり電話をかけてきたりして、非常にしつこいとうんざりした様子だ。

中には、北朝鮮に残してきた家族の現状を伝えつつ、脅迫することも多いと情報筋は証言した。

「もしここ(北朝鮮)に息子2人がいるとすれば『息子は労働党がちゃんと育てているが、家族と一緒に暮らしたほうがいいのではないか』と懐柔しにかかり、それで効果がなければ『息子が病気だ』と嘘をつき、『息子の体がよくなることを望まないのか』と恐怖心を煽ったりする」

さらに、「困難に瀕している祖国のために一肌脱いで欲しい」と、巨額の現金を持ち帰ることを要求するケースもある。昨年10月、韓国に住んでいた脱北者夫婦が知人から1000万円以上の現金を借りたまま、北朝鮮に帰国する事件が起きたが、保衛部の懐柔または脅迫があったものと思われる。

それにしても、チェ中佐はいかにして脱北者の電話番号を手に入れたのだろうか。情報筋によると、韓国で働く脱北者の中には、収入の多くを送金ブローカーを通じて北朝鮮に残してきた家族に仕送りする人が多い。韓国の北韓人権情報センターが2014年12月、韓国に住む脱北者400人を対象に調査したところ、59%が「北朝鮮に送金したことがある」と答えた。

保衛部はこのような送金ブローカーを逮捕し、電話番号が記載された顧客リストを押収、懐柔工作に利用しているということだ。

北朝鮮当局は、脱北者家族を山奥に追放していた従来の方針を変えて、元いたところに引き続き住まわせ、徹底した監視下に置いている。韓国にいる家族から送られてくる仕送りをピンはねするには、そのほうが都合が良いと考えた模様だ。

しかし、脱北者を帰国させてしまえば資金源が途絶えてしまう。それにもかかわらず、保衛部が脱北者帰国作戦を続けているのは、成果が上がれば何らかのメリットを得られるからだろう。