北朝鮮は、1960年2月に開催された最高人民会議第2期第7回大会で、全般的無償治療制度の導入を決定した。これは、国民なら誰もが無料で医療を受けられる制度だ。

全般的無償治療制度は憲法56条にも明記され、治療費、薬代、手術費から患者の食費、療養費、予防接種費に至るまで、すべての医療が無料で受けられるはずだが、実際は異なる。

かつては曲がりなりにも機能していた制度だが、1980年台後半の大飢饉「苦難の行軍」を境に崩壊してしまい、国立の人民病院に行ってもコネやワイロを使わなければまともに治療を受けられない状況となってしまったのだ。また、薬も不足しており、市場での購入を余儀なくされる。つまり北朝鮮国民は、健康は国に頼れば良かった時代から、「自力更生」を求められる状況に叩き落されたのだ。

そして医薬品が極端に不足し、麻酔薬なしで切開手術を行うような状況となった。

(参考記事:【体験談】仮病の腹痛を麻酔なしで切開手術…北朝鮮の医療施設

そんな状況に置かれた北朝鮮の人々の間で、漢方薬の人気が高まりつつある。それを伝えて来たのは両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋だ。

北朝鮮の人々は、食うや食わずの生活を送っていた状況を脱し、健康に気を使うようになりつつある。それほど食糧事情が改善されたということだ。そんな状況で、西洋医学より東洋医学の人気が上昇していることについて、情報筋は次のように説明した。

「西洋の薬が漢方薬より効き目が早く現れることは知っているが、他に良くない影響を与えるという認識が強い」(情報筋)

つまり、副作用を恐れているということだ。また、ニセ薬も横行しているため、西洋医学で用いられる抗生剤などの類は安心して服用できないという事情もある。

人々は、急を要する場合でなければ高山地帯に生えている薬草を求めて北部まで足を運ぶ。その周辺のほとんどの市場では、最近の需要増を受けて、乾燥させた薬草を売る店や商人が増えている。売られているのは、エゾウコギ、ニレの木の樹皮、皇耆(こうき、キバナオギの根)、エゾシャクナゲの葉などだ。

これらの薬草を使って病気が完治したという噂が広がるにつれ、漢方薬に期待する人がさらに増え、それに応じて大学の医学部でも、西洋医学より東洋医学を専攻しようとする学生が増えているとのことだ。

「人々は病院で診察を受けて、薬は薬局で受け取るが、ほとんどが漢方薬の処方を希望する。市場で薬草を買って煎じて飲む人もいる」(情報筋)

情報筋の話には、国営工場で作られている漢方薬の話は出てこない。生産量が少なく、地方の市場まで出回らないという事情があると思われるが、基準値を遥かに上回る重金属が含まれていたとの調査結果もあるため、人々が意図的に避けている可能性も考えられる。

(参考記事:基準値20万倍の水銀を含有…北朝鮮の漢方薬は「毒のかたまり」

漢方薬人気は、別の効果をももたらしている。

「漢方薬を飲む人が増えるにつれ、覚せい剤を使う人が減ったようだという話もある」(情報筋)

北朝鮮では、覚せい剤が不足する医薬品の代用として使われてきた。その影響で、中毒者が続出。当局は取り締まりを行っているものの、なかなか成果は上がっていない。

言うまでもなく、覚せい剤に医療の効果などはない。その特性により、一次的に疲労を忘れるなどの作用はあるが、体と心を蝕むだけの覚せい剤が北朝鮮の市場から駆逐されつつあるとすれば、非常に肯定的な現象だ。

(参考記事:一家全員、女子中学校までが…北朝鮮の薬物汚染「町内会の前にキメる主婦」

地方の人民病院は施設が老朽化しており、人々がまともに治療が受けられない状況に今のところ変化はない。両江道の別の情報筋によると、道内でも田舎にある病院は、1960年代から何も更新されておらず、消毒器など初歩的な医療機器すら皆無で、施設はむちゃくちゃに荒れているという。衛生状態も極めて悪く、病院に来て院内感染の被害に遭うことも多いと情報筋は説明した。

このような状況に、地方政府は手をこまねいて見ているだけでわけではない。

「地方政府は劣悪な施設の改善のために自助努力を続けている。(医療施設に投資してくれる)中国の事業家や後見人を探しているが、なかなか難しい状況だ」(情報筋)

(参考記事:「われわれを助けて…」外国人にまでカネの無心をする北朝鮮の窮状

こんな実態を放置して、貴重な外貨を核兵器と弾道ミサイル開発に蕩尽してしまった金正恩体制は、やはり罪深いと言わざるを得まい。