今月初めに芸術団を率いて北朝鮮を訪問し、金正恩党委員長といっしょに芸術公演を鑑賞した韓国の都鐘煥(ト・ジョンファン)文化体育観光相が、面白いことを言っている。
都氏はこのとき、2時間半にわたり金正恩氏と同席し、彼と側近らとのやり取りをつぶさに観察した。そしてそのときのことを、17日に行われた外信との懇談会で、次のように証言したのだ。
「公演を見ながら指示すべきことが生じると、随行員の中でも、金副部長を呼ぶことが多かった。そうやって指示を与えながら、話し合う姿を直接見ました」
ここで言われている金副部長とはほかでもない、妹である金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党第1副部長のことだ。
金正恩氏が、以前から妹を大事にしてきたことはかなり前から言われていた。大事にし過ぎて、彼女の友人を大量に失踪させる「事件」まで起こしたほどだ。
(参考記事:金正恩氏実妹・与正氏の同級生がナゾの集団失踪)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
その後、金与正氏は金正恩氏の動線を管理するまでになる。近年、米韓が北朝鮮指導部に対する「斬首作戦」の導入を検討してきた状況がある上に、金正恩氏には一般人と同じトイレを使うこが出来ないという状況もある。そんな条件下で金正恩氏の動きを取り仕切る事ができるのは、やはり信頼できる身内しかいなかったのかもしれない。
(参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳)また、金正恩氏には「パーティ狂い」の噂もある。ある脱北者の情報によれば、金与正氏は兄に対し、「お酒はほどほどになさい」と言って諫めることもあるという。たしかに、これまで数多くの幹部が些細なことで金正恩氏の逆鱗に触れ、無慈悲に処刑されてきたことを考えれば、実の妹でもなければ恐ろしくて何も言えないだろう。
(参考記事:北朝鮮「秘密パーティーのコンパニオン」に動員される女学生たちの涙)それにしても、金王朝の一員の成長過程が、このように外部から観察された例は初めてかもしれない。そういった意味では、金与正氏には外部から見て謎めいた印象が薄い。そこから生まれる安心感が、彼女がいま、金正恩氏の主導する「微笑み外交」で前面に立っている理由のひとつかもしれない。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。