北朝鮮の1年は「堆肥戦闘」、つまり肥料にするための人糞を集める作業から始まる。

昨年11月13日、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)兵士1人が、板門店の共同警備区域(JSA)から韓国側に亡命した。兵士は追手の銃撃を浴び、瀕死の重傷を負った。幸い韓国側の医療チームによる懸命な治療によって、兵士は一命を取りとめた。

その際、兵士は二度の手術を受けたが、衝撃的な事実が明らかになった。兵士の腸内から大量の寄生虫が出てきたのだ。

(参考記事:必死の医療陣、巨大な寄生虫…亡命兵士「手術動画」が北朝鮮国民に与える衝撃

兵士がそうなってしまった原因の一つがまさに人糞集めなのだが、北朝鮮メディアは、そんなことはさて置いて堆肥戦闘の様子を大きく報じている。

北朝鮮の朝鮮労働党機関紙・労働新聞は5日、平安南道(ピョンアンナムド)北倉(プクチャン)郡のイルクンと労働者が、新年戦闘の初日にたった1日で数万トンの質の良い有機質肥料(堆肥)を田畑に届けたと報じた。また、11日には、黄海南道(ファンヘナムド)でたった5日間に320万トンの堆肥を生産し、120万トンを田畑に届けたと報じている。

ちなみに韓国統計庁の資料によると、北朝鮮の化学肥料の年間生産量は50万トンどまりだ。つまり、黄海南道では年間生産量の6倍以上をたった5日で作ってしまったということになる。もちろん、盛りに盛られた数字であることは想像に難くない。

このような堆肥戦闘と関連して、北朝鮮の内閣農業省がある指示を下した。そのせいで、一部ではパニックが発生していると、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が伝えている。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋によると、農業省は昨年末、「ゴミは堆肥として受け付けない」との指示を、道の農村経理委員会、市や郡の農村経営委員会に下した。その理由は次のようなものだ。

北朝鮮では、商売目的のリサイクルはされているものの、ゴミ収集の一環としてのリサイクルは行われておらず、人々は分類せずに何でも捨ててしまう。冬期には、暖房に使った石炭の灰がゴミの多くを占めるが、中には壊れて使えなくなった電化製品の部品、乾電池、蛍光灯なども混じっている。それに含まれる重金属が堆肥に混入して田畑に撒かれることで、汚染が広がるというのが農業省の説明だ。ちなみに蛍光灯には少量の水銀が使われている。

農業省の科学者や国土環境専門家は、重金属に汚染された堆肥を使ってはならないと繰り返し警告を発していた。農業省は昨年、土壌の汚染調査を実施したが、都市周辺の協同農場は重金属汚染が深刻で、作物栽培に適さないとの結論が出たという。しかし当局は、事実を隠蔽し、農作業を続けさせている。

慈江道(チャガンド)の情報筋によると、今回の指示を受けて、各工場、企業所は大騒ぎになっている。それもそのはず、協同農場に納める人糞は、総重量の4割がゴミで水増しされているからだ。人糞を運ぶには充分に凍っていなければならないが、凍る前に「早く出せ」と催促された場合には、代わりにゴミを納めていたのである。

北朝鮮の肥料生産能力が貧弱なのは、施設の老朽化と電力や原料の不足で、肥料工場がフル稼働できないからだ。その穴埋めとして大々的に堆肥戦闘を繰り広げるわけだが、社会や自然環境にもたらす弊害は非常に大きい。

(参考記事:北朝鮮の亡命兵士の腸が寄生虫だらけになった理由

人々は、過酷なノルマを達成するため、新年早々人糞を求めてさまよい歩きかなければならない。さらに、苦労して集めた人糞を盗もうとする「人糞泥棒」から守るため、酷寒の中で24時間警備しなければならない。

商売に忙しい人々のために、市場では人糞が売られている。また、協同農場の幹部とグルになって怪しい「人糞ビジネス」を行うブローカーも登場した。

(関連記事:冬の北朝鮮で暗躍する「人糞ブローカー」登場

そこに加えて浮上した今回の重金属堆肥の問題。早急に解決しなければ、高度成長期の日本が経験したような深刻な公害病が北朝鮮でも広がりかねない。

高英起(コウ・ヨンギ)

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1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記