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国境の川・鴨緑江をはさみ、中国の対岸にある北朝鮮の新義州(シニジュ)市。中国から眺めるこの都市のスカイラインは、ここ数年ですっかり様変わりした。かつては背の低い建物ばかりだった新義州の街には今、何十棟もの高層建築が立ち並んでいる。いずれも、北朝鮮の新興富裕層「トンジュ(金主)」の投資で建てられたものと言われている。

1990年代の未曾有の食糧難「苦難の行軍」のころ、生き延びるため闇市場で食糧や雑貨を売ることから商売を始めたトンジュたちは、今では軽工業・鉱業・漁業・貿易・運輸・金融(ヤミ金)・不動産など、北朝鮮経済のあらゆる領域に進出している。彼らの資金力なくしては、北朝鮮経済は回らないと言われるほどだ。

ところが最近、トンジュの振る舞いに目に余るものがあるとして、金正恩党委員長が徹底的な調査を指示したと、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

両江道(リャンガンド)の情報筋によると、金正恩氏は、国家保衛省(秘密警察)の国内情勢に関する報告書を受け取った。何が書かれていたのか定かではないが、それを読んだ金正恩氏は激怒し、トンジュの財産規模、違法行為を密かに報告するよう指示を下した。 まず対象となったのは、1960年代から今に至るまで、密貿易で儲けてきた北朝鮮在住の華僑だ。

咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋によると、清津(チョンジン)に住む北部華僑委員会の委員長が、道の保衛局に連行され、取り調べを受けた。保安員(警察官)の妻に手を出すなどといった、女性問題に絡んでのことだ。

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清津で一二を争うほどの財力を誇る同委員長は、北朝鮮と中国を毎月行き来し、そのたびにコンテナ4つ分の商品を扱うほど大きな商いをしている。また、2015年には軍のために、新型の装甲車に使う部品を複数回取り寄せている。

軍需品を扱っているので、中央も彼の違法行為を黙認していた。ところが12月1日に開かれた北部華僑委員会の支部長会議で「法と秩序を破壊するトンジュの犯罪を絶対に許さないことについて」という金正恩氏の方針が伝えられてから、締め付けが強化されたようだ。

北朝鮮当局は、悪化する中朝関係の腹いせをするように、在北朝鮮華僑への締め付けを強化している。

(参考記事:北朝鮮、自国在住の華僑に「嫌がらせ」か…中国との関係悪化で

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しかし前述の両江道の情報筋は、金正恩氏がトンジュの違法行為を根絶すると言っているが、成功するかは疑問だと述べている。トンジュは高級幹部と結託し、北朝鮮経済を左右するほどのカネを握っているからだ。

そう言って情報筋は、地元のトンジュと幹部の癒着ぶりについて述べた。

恵山(ヘサン)市恵江洞(ヘガンドン)に住むチョ・チュンシムという26歳の女性と父、兄、夫の一家は、市内の宿泊業と売春を牛耳って荒稼ぎしている。街の噂では、一家は両江道の幹部に性上納――つまり女性をあてがって骨抜きにしているため、商売は安泰なのだという。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

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それだけではない。

一家は、昨年道内で起きた大洪水に際し、コメ5トン、現金4万元(約69万2000円)など、合わせて8000ドル(約91万円)の寄付をしている。さらに恵山では、数年前から金日成主席と金正日総書記の銅像、普天堡(ポチョンボ)戦闘勝利記念塔、マンションなど様々な建設工事が行われている。一家が「忠誠の資金」として、当局に建設費を上納していることは想像に難くない。

つまり、トンジュがいなければ公共工事すら行えないのが、北朝鮮の地方政府の財政の現実なのだ。金正恩氏が地方政府から受け取る上納金も、元はと言えばトンジュの財産だ。父・金正日氏のように市場やトンジュを弾圧すれば、そのしっぺ返しを食らうことくらいよく理解しているだろう。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記