吉幾三は1985年のヒット曲「俺ら東京さ行ぐだ」で、田舎のことを「テレビもねえ ラジオもねえ 車もそれほど走ってねえ」「電話もねえ ガスもねえ バスは1日1度来る」と歌った。

北朝鮮の農村に住む人が聞けば「うちの村のことだ」と思うかもしれない。地域によって差はあるが、電気もなければ車もなく、水道がないために汚染された水を使わざるを得ないような地域もある。

居住と移動の自由が認められていない北朝鮮では、生まれ育った地域をみだりに離れるのは違法行為だが、立ち遅れた農村に見切りをつけ、都会に働きに出る人が増えている。

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それに対して当局が対策に乗り出した。

両江道(リャンガンド)の情報筋が、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)に語ったところによると、当局は昨年末に行った調査をもとに、農村から都会にやって来た人や農村に縁故のある人を都会から追放し、農村に送り返す措置を11月から始めた。

これは、金正恩党委員長が昨年9月28日に下した「農村から都会に出てきた住民、農村に縁故のある者を全員協同農場に送り返せ」という指示に基づくものだ。

農場に縁故のある者とは、農村で生まれたが農民ではなく労働者、事務員、保衛員(秘密警察)、保安院(警察官)、山林監督員として働いていた人やその家族、農村の女性と結婚した都会出身の男性、兵役中に農村の女性と結婚した男性のことを指す。

なぜ農民は都会に行こうとするのか。それは、都会と農村の圧倒的な経済格差のせいだ。

役人にワイロを払って都会に出て1ヶ月働ければそれなりの給料がもらえるが、農場で1年間懸命に働いても、秋の収穫の時期にもらえる分配は都会の1ヶ月分の給料にも満たない。さらに、都会のように大きな市場がないため、現金収入を得られる機会が少なく、品物も情報もあまり入ってこない。さらには、日照りによる凶作も離農を後押ししている。

平安北道(ピョンアンブクト)のデイリーNK情報筋によると、このような離農は数年前から増え、定州(チョンジュ)では若い男性の半分以上が、家族を食べさせるために故郷を離れた。

都会に出たら男性は建設現場で、女性は小規模な加工工場で働く。優秀な都会の女性労働者は、選ばれて海外に派遣されるからだ。工場主は「未居住者」とわかっていても雇用するという。

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当局は「312常務」という組織を立ち上げ、出稼ぎにやって来た人を摘発している。手っ取り早くカネが儲かる売春など、犯罪行為に走る事例が多いからだ。また、北朝鮮の協同農場では、多くの作業を人の手で行っているため、人がいなくなることは生産性の低下につながるという理由もあるだろう。

農民を農村に閉じ込めておくため、当局は極端な措置を行っている。

慈江道(チャガンド)の情報筋によると、農村との縁故を断ち切るために農村出身の妻と結婚した男性が、家族もろとも満浦(マンポ)市内から、北東に20キロほど離れた山奥の松鶴里(ソンハンリ)に追放された。対象となったのは10家族に及ぶ。

都会出身の男性でも、農村出身の女性と結婚すれば、地方の党や軍の幹部でも協同農場に戸籍を登録することになり、退役、定年後には協同農場に行かなければならないというのだ。

しかし、いずれの家族もほとぼりが冷めればまた都会に出てくるだろう。便利で豊かでチャンスが転がっている都会を忘れられるわけがないのだ。

韓国では、1960年代から始まった経済成長でソウル首都圏の人口が560万人(1960年)から、2559万人(2016年)へ、都市人口率は1960年の39.15%から2016年には91.8%に達した。初期的な段階とは言え、資本主義経済が芽吹いた北朝鮮でも、同じような現象が起き始めているということだ。

(参考記事:「薬物中毒・性びん乱」対策か…北朝鮮で首都住民の強制移住計画

高英起(コウ・ヨンギ)

>>連載「高英起の無慈悲な編集長日誌」一覧

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記