朝鮮半島の伝統的な地域区分は、ソウルを中心とした中部地方、平壌のある平安道(ピョンアンド)や咸鏡道(ハムギョンド)が属する北部地方、釜山のある慶尚道(キョンサンド)や全羅道(チョルラド)が属する南部地方の3つだ。
分断から80年近く経っても、このような地域名は変わらない。ソウルはあくまでも中部地方に属し、「韓国北部」という地域は存在しないのだ。
地域区分にはいろいろあるが、分断後に北朝鮮で長らく使われてきたものが、最近変化しつつある。それは経済によるものだ。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
北朝鮮では、全国を大きく3つの地域――前地帯、内陸地帯、山間地帯に分けて呼んできた。
まずは「前地帯」だ。これは稲作が可能で海に面している、北緯41度の咸鏡北道(ハムギョンブクト)吉州(キルチュ)より南の地域を指し、平壌や咸興(ハムン)、元山(ウォンサン)などの大都会を含む。
次は「内陸地帯」だ。稲作は可能だが、海に面していない地域で、開城(ケソン)や沙里院(サリウォン)、順川(スンチョン)などの中規模都市を含む。
最後は海抜が高くて稲作ができない地域、「山間地帯」だ。主に慈江道(チャガンド)や両江道(リャンガンド)を指す。ここに属しているのは恵山(ヘサン)、江界(カンゲ)などだ。
ここには、海に面していて暖流が流れ、稲作の可能な北東部の最大都市、清津(チョンジン)も含まれる。六鎮(リュクチン)と呼ばれ、かつては稲作のできなかった「辺境」とされていた地域に接しているからだろう。
六鎮に関連して、過去にこんな事件も起きている。
(参考記事:北朝鮮の金属大量密輸、摘発のきっかけは「お国訛り」)このような地域区分に変化が生じつつあるというのが、両江道の情報筋の説明だ。
「コロナ前まで、人びとは地理的特性に応じて前地帯と内陸地帯、山間地帯を分けていたが、これが消えつつある」
登場した新しい地域区分は、「ドル地帯」と「人民元地帯」だ。通用する外貨が米ドルか、中国人民元かで地域を分けているのだ。平壌や咸興より南はドル地帯、北は人民元地帯と言われるという。
これは元々、軍人の間で昨年、流行し始めた表現で、今では民間人も使うようになった。
ふたつの通貨では、一般的にドルのほうが格上とされるが、闇レートの変動が激しいデメリットがある。そのため、ドル地帯の人びとはレートに非常に敏感で、人民元地帯の人びとはさほどレートを気にしない傾向にあるとのことだ。
極端な通貨安で物価が高騰していると伝えられている北朝鮮だが、地域によってかなりの差があるようだ。
(参考記事:「いまのうちにカネを使い果たせ」混乱深まる北朝鮮経済)
両江道在住の別の知識人によると、ドルと人民元で分けられるのは地域だけに留まらない。階層を「ドル階層」「人民元階層」に分ける言い方も大流行している。前者は、権力で富を蓄積した幹部を指し、後者は商売で人民元を溜め込んだトンジュ(金主、ニューリッチ)を指す。
このような分け方にも理由がある。
「わが国(北朝鮮)の高位層はほとんどが平壌に集中しているが、彼らは以前からワイロとしてドルを受け取る習慣がある。そのため、ドルは平壌に集中していて、平壌を中心にドルベースのビジネスが主に行われている」(知識人)
一方で、トンジュは規制の厳しい平壌よりも、地方都市に分散しており、主に中国製品の売買で富を蓄積してきた。そのため、米ドルよりは、すぐに使える人民元を好む傾向にあるとのことだ。
ドル地帯、人民元地帯の分け方についてこの知識人は、次のような見方を示した。
「咸興より南の地域では、主に平壌で生産された生活必需品を売買する商売が行われる。そのため、ドルをよく使う。一方で、咸興より北の地域では、中国製品を売買する商売が行われているため、人民元をよく使う」
また、ワイロと外貨、軍と地域区分の関係についてこの知識人は、「軍幹部はワイロを外貨で受け取っていたことに由来する」と述べた。つまり、咸興より南の出身の兵士はドルで、北の出身の兵士は人民元でワイロを渡すということだ。
(参考記事:軍の配属をめぐりワイロが飛び交う春の北朝鮮)このような外貨の力は、様々な区別や意味を変えつつある。
例えば、北朝鮮において山間地帯の人という表現は「田舎者」、前地帯は「ずる賢い」、内陸地帯は「堅物」というイメージも含んでいた。今では、ドル地帯の人は「傲慢だ」、人民元地帯の人は「田舎者」という意味を持つようになった。
人民元はコロナ前、全国どこでも使えて、少額決済にも便利な外貨だった。コロナ禍で、当局は国内での外貨使用を禁止し、トンデコ(闇両替商)の取り締まりを強化したが、移動制限の強化に伴い、思うように取り締まりができなかった。コロナが開けて取り締まりが強化された。
これが、ドル地帯、人民元地帯を分ける決定的な要因となった。
トンデコは取り締まりを避けて、比較的ゆるい地方に移動して、定着した。それにより、ドルが使いやすい地方と人民元が使いやすい地方が固定化し、やがて「地帯」と呼ばれるようになったというのだ。
なお、北朝鮮国内における外貨の使用は解禁されたわけではなく、禁止されたままだ。当局は外貨を、協同通貨取引所で北朝鮮ウォンに両替するか、ICチップ付きのカードにチャージするかして使うように誘導した。ところが、国の定めたレートが、実勢レートと2倍近く差が開き、誰も使おうとしない。北朝鮮ウォンの価値は下がる一方で、わずか1年で3分の1以下になってしまった。
以前にもまして強力に行われている外貨使用の取り締まりだが、ドル地帯、人民現地帯の出現を見ると、市場に不自然な形で手を突っ込もうとしても、「見えざる手」がそれを許さない結果となりつつあるようだ。