北朝鮮の金正恩総書記は今月7日、経済的にもインフラ面でも比較的遅れた地方である江原道(カンウォンド)での現地指導を行った。首都・平壌と地方との圧倒的な経済格差を解消し、バランスの取れた経済発展を行うための「地方発展20✕10政策」の一環だ。

しかし、当の地方所在の企業所は、この政策のモデル企業から外してくれと、陳情を行っている。一体どういうことなのか。平安南道(ピョンアンナムド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。

(参考記事:金正恩氏、地方工場を現地指導…「地方発展20×10政策」徹底が狙い

平安南道人民委員会(道庁)の地方工業管理局は先月末から、道内の工場、企業所を対象に、地方発展20✕10政策のモデル企業の選定作業を進めている。

地方発展20×10政策は、金正恩氏が先月15日の第14期第10回最高人民会議(国会に相当)の施政演説で提示したもので、毎年20の郡に現代的な地方工業工場を建設し、10年以内に全国人民の初歩的な生活水準を一段階飛躍させるというのが骨子だ。

人民委員会は、その積極的な推進のための後続措置として、明確かつかつ迅速に成果が出る企業を探し、モデル企業にしようとしている。

しかし、工場や企業所の幹部は、地方産業管理局のイルクン(幹部)職員を訪ねて回り、このように懇願しているという。

「うちの工場だけはモデル企業から外してほしい」

イルクンは「国の政策に基づき、毎年20の郡で工場の近代化建設を進めなければならない」と説得するが、工場幹部は「やるとしても(うちを)モデル企業にしないでほしい」と譲らない。

それはなぜか。

モデル企業になれば、具体的な目標(ノルマ)が示され、その達成と目に見える成果が絶対的に求められる。そのために企業が監視下に置かれたり、無理な条件を突きつけられたりするなど、ろくなことがないのだ。

「工場としては、上から一方的に押し付けられた目標や計画量を達成するための資金、技術、努力などをすべて自力再生で解決しなければならないというプレッシャーも大きい」(情報筋)

モデル企業に選定されたとしても、助成金はおろか、資金や原材料すら国から支給されず、自主的に調達しなければならない。国全体の経済が苦しい中では非常に困難だ。つまり、失敗する可能性が高いのである。

現状でも無理なノルマ達成や技術革新を強いられ、実験や操業を急いだ結果、労災事故が発生している。その責任は現場の技術者や中級、下級幹部に押し付けられるのが常だ。その理不尽さを身をもって体験しているため、彼らはともかく関わりたくないのだ。

工場、企業所の「サボタージュ宣言」に、地方工業管理局は困り果てているという。

(参考記事:責任は現場に押し付け…北朝鮮・繊維工場での爆発事故

韓国の北朝鮮研究者は、今回の地方発展20×10政策が成果を出すのは難しいと見ている。

統一研究院のチェ・ジヨン研究委員は、「北朝鮮地方発展20×10政策の背景と示唆点」という研究報告書で、「農業・農村発展に関する予算支出は2022~2023年に大幅に拡大され、2024年にも予算規模が維持されているが、地方工業発展のための予算支出拡大は目に留まるほどではない」と指摘した。

チェ氏はまた、北朝鮮が従来型の人海戦術で政策を進めようとしているとし、次のように述べた。

「最近開かれた(朝鮮労働)党中央委員会政治局拡大会議で、地方産業革命のための闘争に朝鮮人民軍(北朝鮮軍)部隊を動員するという決定が出されたことを見ると、典型的な北朝鮮式動員運動で地方発展20×10政策を履行しようとしているように見える。しかし、労働力の量的投入だけで製造業を回復し稼働率を高めるには限界がある」(チェ氏)

事故の場合のみならず、ノルマ未達成の場合にも、現場に責任が押し付けられ責任者が処罰される。それを避けるため、あたかもノルマが達成したかのように虚偽の報告を行う。国や国営メディアは「大成功」と大々的に宣伝するが、地方住民の生活は全く向上しない。そんな未来が見えてしまっている。

(参考記事:凶作続きの北朝鮮農業、打開策は「ホラ防止法」