北朝鮮の朝鮮労働党機関紙・労働新聞の紙面には、「社会主義保健制度」に関する記事がしばしば登場する。しかし、その根幹をなしてきた「無償治療」という言葉は、もはや出てこなくなった。
一方で、国営の朝鮮中央通信のオンライン版に転載された、最高人民会議常任委員会および内閣の機関紙「民主朝鮮」の記事など、北朝鮮国内からは基本的にアクセスできない記事には今も登場する。ただ、どういうわけか民主朝鮮のウェブサイトで検索してもヒットしない。
「無償治療」という言葉が紙面から消えたのは、制度そのものが形骸化していることの現れと言ってもいいだろう。診察、検査、診断、治療、入院、手術など、ありとあらゆる段階で医療陣からのワイロ要求が当たり前になっているからだ。
(参考記事:北朝鮮で現実味を持って受け止められる「無償治療制廃止」の噂)
咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋は、会寧(フェリョン)に住む30代女性のリさんのケースを取り上げた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面彼女は、腹痛が数カ月続いたことから、地元の病院を訪れ、検査を受けた。すると、卵巣に大きな腫瘍が発見された。治療するには手術が必要だが、医師から突きつけられたのは、2000元(約4万円)もの請求書だった。日々の糧を得るのがやっとという暮らしのリさんにとって、工面できる金額ではなかった。
しかし、中国との国境に接した会寧という土地柄、リさんには脱北した家族がいた。保衛部(秘密警察)の監視の目をかいくぐり、その家族に連絡して手術費を仕送りしてもらい、なんとか命拾いしたが、他の地方ならそんなことはまずできないだろう。
(参考記事:貿易再開を前にして携帯電話の取り締まりを強化する北朝鮮)「手術費と交通費、入院中の食費、薬代もすべて患者が負担しなければならない。手術を受けるには、まず検査を受けなければならないが、電気がないので発電機を回さなければならず、その燃料費まで負担しなければならない」(情報筋)
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面運が良ければ、生理食塩水やガーゼは無料でもらえることもあるが、それも在庫がある場合だけで、なければ患者の負担となる。ちなみにリさんの場合、ガーゼだけは無料でもらえたとのことだ。
抗生剤や麻酔薬などはすべて市場で購入してくるように指示されたが、病院から告げられたのは「市場で買ったものだから副作用が起きても病院は責任を取らない」ということだ。この免責事項に同意してようやく手術が受けられたという。
なお、診察や検査に当たって、その費用は請求されたものの、ワイロの支払いが求められたかはについては、情報筋は言及していない。あるいは費用の中に、ワイロが含まれていた可能性もある。いずれにせよ「カネがなければ苦しみ抜いて死ぬ」(情報筋)のが、北朝鮮の「社会主義保険制度」の現実なのだ。
(参考記事:北朝鮮が病院に対する実態調査「医師からのワイロ要求が常態化」)