北朝鮮のテレビと言えば、衛星放送で海外に向けても放送されている朝鮮中央テレビが有名だが、それ以外にも龍南山(リョンナムサン)テレビ(旧開城テレビ)と万寿台(マンスデ)テレビが存在する。後者は金、土、日のみの放送だが、中国や東欧の映画、ディズニーアニメなど海外のコンテンツが多く、市民の間で高い人気を誇る。
受信できるのは平壌周辺に限られていたが、北朝鮮当局は最近になって地方での受信を認めた。そこには隠された意図があった。
黄海南道(ファンヘナムド)のデイリーNK内部情報筋によると、現地では万寿台テレビを見ようとしても電波が届かないため、ケーブルテレビで見るしかない。地元の逓信所(郵便局)には、生活が苦しいとぶつくさ言いながらも、決して安くない料金を払って万寿台テレビを見ようとする人が数多く申込みに訪れているという。
担当者は「国から言われた仕事もこれだけ熱心にやれば英雄メダルがもらえるだろうに」と嫌味を言うが、人々は意に介さない様子だという。
「黄海道では龍南山テレビが映らないので、万寿台テレビを見ようとする。朝鮮中央テレビは再放送ばかりでつまらないが、万寿台テレビは海外ニュースや外国映画を多く放送するので人気がある」(情報筋)
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面朝鮮中央テレビは、金正恩党委員長の偉大さを宣伝する番組が圧倒的に多い上に、情報筋が指摘しているように再放送が非常に多い。今月7日の番組表を見ると、「朝鮮記録映画<敬愛する最高領導者金正恩同志が南朝鮮大統領の特使代表団のメンバーに接見なされた>」が15時18分、17時、20時、22時03分の4回も放送された。また、2〜30年前に制作された金日成主席、金正日総書記の業績に関する番組が放送されることもよくある。
この有様なので、コメ200キロ分に相当する650元(約1万900円)もの設置費を払い、万寿台テレビを見ようとする人が多いのだ。それも北朝鮮ウォンではなく中国人民元での支払いが求められる。
これについて両江道(リャンガンド)の情報筋は、「絶妙な料金設定」だと説明する。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面「当局はこれぐらいの料金だったら、皆が見ようとするだろうと判断して決めたようだ。外国映画の人気が日々高まっていることを当局はよくわかっている」(情報筋)
これは、見栄っ張りでプライドが高いと言われている北朝鮮の人々の心理をついたものとも言えよう。そこそこの暮らしをしている人が少し背伸びをすれば見られる料金にすることで視聴者を増やし、「みんな見ているのに自分だけ見ないのは恥ずかしい」と思わせ、さらに視聴者を増やすという流れだ。料金設定があまりに高すぎれば、このような流れは生まれない。
当局がそこまでする理由について情報筋は、国民の「たんす預金」として貯め込んだ外貨が狙いだと説明する。北朝鮮の人々は銀行を信用していないため、国内に流入した外貨を国庫に集めるに、当局はレストランなどで外貨を使わせるという方法を動員しているが、ケーブルテレビもその一環だというのだ。ただでさえ国際社会の制裁で外貨不足に陥っている当局にとって、万寿台テレビはオイシい商売なのである。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面しかし、このやり方は当局にとって諸刃の剣になりかねない。
ある北朝鮮ウォッチャーは「今までは密かに見ていた外国映画を安心して見られる道を開くことで、逆に情報に対する欲求を増大させるだろう」と述べた。つまり、外国からの情報への好奇心を煽る結果をもたらすということだ。その「外国」にはもちろん韓流も含まれる。
北朝鮮当局は韓流に対する取り締まりを強化しており、それが時には悲惨な結果をもたらす。
(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…)それでも北朝鮮の人々は、USBメモリやマイクロSIMに保存された韓流ドラマ、映画、バラエティを楽しむ人が多い。情報や娯楽に飢えているだけあり、「やめられないとまらない」になってしまうのだ。
さらには、韓国のテレビを直接受信する猛者もいる。
例えば、黄海南道の海州(ヘジュ)は、韓国領の白翎島(ペンニョンド)まで海を挟んでわずか30キロのところにあるため、朝鮮中央テレビより韓国のテレビの方が受信状態が良好だという。現地在住のキムさんは2008年、デイリーNKの取材に次のように語っている。
「海州で受信状態が良いのはKBSとSBS。MBCも時々映ることがある。KBSの大河ドラマ『大祚榮(テジョヨン)』を見たが、また見たくなって市場でCDを買った。国境から北朝鮮に入ってくる韓流ドラマのCDもあるが、海州で作られているものも相当数あるだろう」
公共放送のKBSは、北朝鮮向けにアナログ中継を行っており、首都平壌を超えて、韓国から300キロも離れた平安北道(ピョンアンブクト)の雲山(ウンサン)でも受信できるとの情報がある。
万寿台テレビは1990年代、インド映画を放送して爆発的な人気を誇ったというが、改めて放送すれば、韓流に打ち勝ち、外貨を儲け、視聴者を喜ばせることにもなるのではないだろうか。