朝鮮人民軍 海外戦記/ベトナム編(3)

北朝鮮は1966年末、空軍の第203軍部隊を北ベトナムに送った。部隊は現地での訓練を経て 、1967年5月20日までに実戦配備されている。

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北朝鮮空軍のミグ21戦闘機

第203軍部隊は、現地では北ベトナム空軍司令部の指揮下に入り、北ベトナム空軍第923連隊となった。連隊長は金昌善(キム・チャンソン)である。

戦死最年少は19歳

戦闘機や食糧などは北ベトナムから提供され、14名がソ連製のミグ17B戦闘機、10名がミグ17C戦闘機に搭乗した。113名が後方での業務に従事し、総勢約150名が北ベトナムに滞在した。ただし、交代制で送られていたので、延べ人数はさらに多いはずである 。

1966年末における北ベトナム空軍は、すでに旧式となっていたミグ15とミグ17を40機から50機程度、当時最新のソ連製戦闘機だったミグ21を15機から20機程度保有していると米国では考えられていた。24名の北朝鮮パイロットは、戦況を変えるほどのものではなくとも、北ベトナム空軍にとっては大きな戦力だったと考えられる。

北ベトナム空軍は1966年から1969年までに、222機の米軍機を撃墜したが、その内の26機は北朝鮮パイロットによるものであった。北朝鮮から送られた将兵の戦死者は14名であり、そのうち最年少は19歳の元浩山(ウォン・ホサン)だ。彼らはベトナムの首都・ハノイの北東約60キロにあるバグザン省タンジン郡タンバン村に葬られ、墓が立てられた。第203軍部隊がいつ北ベトナムから撤収したのかは不明だが、1969年までしか活動の痕跡がないので、その頃からしばらく後と思われる。

脱北した外交官の高英煥(コ・ヨンファン)によると、北朝鮮は空軍の他にも、歩兵や輸送兵、化学技術機材を扱う化学兵などを北ベトナムに送っていたというが、北朝鮮やベトナムの資料からは未確認である。

南ベトナムの首都・サイゴンが陥落して戦争が終わると、統一したベトナムと北朝鮮の関係は悪化した。1978年にベトナムがカンボジアに侵攻して占領すると、ソ連がベトナムを支持し、北朝鮮と中国がベトナムを批判するようになったのだ。

北朝鮮とベトナムの関係は1980年代末ごろから修復するが、1992年にベトナムが韓国と国交を樹立するなど、その後も順調にはいかなかった。

兵士の犠牲で手に入れたもの

2000年頃になって北朝鮮とベトナムは関係をかなり回復。北朝鮮の要人が戦死者の墓を訪れるようになったのは、連載1回目で述べた通りだ。

彼らの墓は2002年9月20日、人民武力部副部長である金養点(キム・ヤンジョム)の手によって北朝鮮に移送され、現在では人民軍英雄烈士墓に安置されている。ベトナムの墓地跡には記念碑が立てられた。

ちなみに北朝鮮は、ベトナム戦争の期間中に軍事援助を送る協定をカンボジアやラオスとも締結している。ベトナム戦争への参戦を通じ、北ベトナム、カンボジア、ラオスとの関係を深めていったわけだ。

こうした関係は、最近になって意味を持ち始めた。2006年10月に北朝鮮が核実験を実施すると国連安保理で制裁決議が採択され、日・米・中・露・韓との6者会合も膠着状態が続いている。しかし、北朝鮮とベトナム、カンボジア、ラオスの間では友好関係が続いており、交流も盛んだ。まして軍事代表団の往来もあるので、国連安保理決議違反が疑われるような場合もある。

暗転する運命

北朝鮮は、一般的に思われているのと異なり、決して世界から孤立しているわけではない。それにしても、この3国との友好関係はかなり目を引くものがある。ベトナム戦争で自国兵士らを犠牲にして手に入れたものは、北朝鮮にとって決して小さくはなかったというわけだ。

しかし、世界最強の米軍を向こうに回し、外国の空で勇敢に戦った軍人たちを待ち受けていたのは、祖国による冷たい仕打ちだった。(つづく

(宮本 悟 聖学院大学教授)

【連載】朝鮮人民軍 海外戦記
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朝鮮人民軍 海外戦記

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宮本 悟(みやもと・さとる)

聖学院大学基礎総合教育部特任教授。1970年生まれ。1992年、同志社大学法学部卒。1999年、ソウル大学政治学科修士課程修了(政治学修士号)。2005年、神戸大学大学院法学研究科博士後期課程修了(博士号/政治学)。2006年から日本国際問題研究所研究員、2009年から聖学院大学総合研究所准教授などを経て、2014年から現職。