北朝鮮では、社会の急激な変化や過度な税負担、経済制裁による生活苦でメンタルに不調をきたす人が増えているという。当局は病院を新設したものの、適切なケアが行われているとは言い難い状況だ。
2年前に新設された平安南道(ピョンアンナムド)精神病院は「中毒解毒病院」という別名が示す通り、覚せい剤などの薬物依存症、アルコール依存症を治療する施設だ。順川(スンチョン)市の郊外、江浦洞(カンポドン)と龍峯里(リョンボンリ)の間にある。
当局はここに、覚せい剤やアルコールに溺れ、放火や破壊行為など社会的に問題を起こした人を強制入院させている。治療期間は1ヶ月で、費用は家族が負担させられる。入院患者の半分程度が退院できるが、運ばれてくる患者が後を絶たない。有効性を巡り専門家の間でも意見が分かれている電気ショック治療(電気けいれん療法)を行っている。
問題はそれだけにとどまらない。北朝鮮には依存症や精神疾患についての知識を全く持っていない人が多く、メンタルに問題を抱えた人をケアするネットワークも構築されていない。
例えば病院に行っても、まともなカウンセリングは期待できず「元帥様(金正恩党委員長)だけを信じて生きればいい」というトンチンカンな答えしか返ってこない。それで絶望のあまり、覚せい剤やアルコールに手を出してしまうという。
(参考記事:一家全員、女子中学校までが…北朝鮮の薬物汚染「町内会の前にキメる主婦」)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
また、症状が統合失調症と似ているアンフェタミン精神病(覚せい剤精神病)を患っている患者が多いが、本人はもちろん周りの人も知識がないため、中毒による症状と気づかず、問題を起こすまで放置されてしまうのだ。
さらに、保安署(警察署)は、症状が改善した頃合いを見計らって患者を呼び出す。そして「覚せい剤の出処を吐け」と厳しく追及する。北朝鮮での取り調べは拷問をともなうことも多く、結局は病状が再び悪化して病院に戻ってしまうとのことだ。
(参考記事:コンドーム着用はゼロ…「売春」と「薬物」で破滅する北朝鮮の女性たち )現地のデイリーNK内部情報筋は、覚せい剤中毒者が引き起こした騒動について次のように説明した。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面ひとつは、今年7月に道内の成川(ソンチョン)に住む男性のケースだ。
商売に失敗し失意の日々を送っていたこの男性は、気を紛らわせるために覚せい剤に手を染めた。それから1ヶ月後、精神に異常をきたした男性は、隣家に放火した。犯行は徐々にエスカレートし、公共の建物や自宅にも火を付け、死者まで発生した。
もうひとつは、平城(ピョンソン)の金正淑第1中学校のすぐそばに3年前に建てられたマンションに住む一家のケースだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面平安北道(ピョンアンブクト)の金鉱で働いていた基地長は、妻、息子、娘の4人で平穏に暮らしていた。ところが、17歳の息子が覚せい剤に手を出した。覚せい剤を買うカネ欲しさに母親を包丁で脅すようになり、ついには怪我をさせてしまった。両親は悩んだ末に、息子を精神病院に連れて行った。
情報筋は「(市場経済化で)庶民の消費志向は強まったのに、情勢の影響などで商売がうまくいかなくなり、税金の負担も重くなるばかりで、イライラしている人が多い。国がまともな対策を立てなければ、患者と施設が増えるだけ」と述べた。
ここで紹介した中毒解毒病院は、以前から北朝鮮にあった49号病院と呼ばれる精神病院とは異なる施設だ。
北朝鮮当局は1965年に内閣決定49号を発表し、精神疾患患者を49号病院と呼ばれる精神病院に強制収容する政策を始めた。病院というよりは収容施設に近く、中毒解毒病院とは異なり、山奥にある。症状が改善して退院できる人は1割に過ぎないと言われている。
(参考記事:知られざる北朝鮮精神病棟「49号病院」の実態)米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)は、清津(チョンジン)市の富寧(プニョン)郡にある49号病院が、覚せい剤に手を染めた人や犯罪者が保安署から逃れる手段として使われていると伝えている。
咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋によると、当局に摘発され教化所(刑務所)に行くのを避けるために、医者にワイロを渡して精神疾患を患っているかのように虚偽の診断を下してもらい、ぬくぬくと暮らしているというのだ。儲かるという話を聞きつけた医者が、この病院に集まってきている。
また、デイリーNKの内部情報筋によると、海外勤務から帰国した北朝鮮外交官が、帰国を嫌がる子どもが問題を起こさないように、医者にワイロを払って入院させてしまうという。
一方で、本当に治療が必要なのにカネのない患者は、別の病棟に収容され半ば放置されている。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。