5日からのトランプ米大統領の日本訪問を受けて、首都圏では厳戒態勢が敷かれている。その一方、北朝鮮がこの機に乗じ、極端な軍事行動を起こすと予測する向きは少ないようだ。
表向きにはそう見えても、米軍は何の手も打ってこなかったわけではなかろう。最近、繰り返し朝鮮半島近くに展開している戦略爆撃機B-1Bによる示威飛行や、3つの空母打撃群をインド洋から西太平洋に集結させる米海軍の異例の「極東シフト」は、金正恩党委員長が「カン違い」をして暴走しないよう、クギを刺すためのものだったのかもしれない。
地雷で吹き飛ぶ兵士
それでも、北朝鮮がトランプ氏のアジア歴訪を軍事挑発で「狙い撃ちするチャンス」と捉えている可能性は残る。大統領がアジアにいる間は少々のことがっても、米軍がリスクを拡大させるような行動に出る懸念が薄いからだ。
金正恩党委員長はこれまで、弾道ミサイルの試射にほとんど立ち会ってきた。その度に、米軍の偵察衛星に自らの身体をさらし、文字通り命がけの指揮をとってきたのだ。もちろん、複数の専用車両を同時に動かすなど、安全策は講じている。普段からトイレで用を足すのにも特殊な動きをすると言われるだけに、米軍としても正恩氏の確かな居場所を確定するのは至難の業だろう。
(参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳 )それでも、米韓軍が「斬首作戦」をいつ発動するかわからない状況下でミサイル発射の「最前線」に出るのは、北朝鮮の最高指導者としては思い切った行動だと言える。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面そして、トランプ氏のアジア歴訪により、正恩氏は短い期間ながら、米大統領を自分の射程内に捉えることになるのだ。つまり、米朝の立場が一時的に逆転するのである。
トランプ氏は日本に続き韓国も訪問するわけだが、専守防衛を至上命題とする日本と、軍事境界線で北朝鮮と銃を突きつけあっている韓国とでは、危機がエスカレートするスピードが違う。実際、2015年8月には、軍事境界線で北朝鮮側がしかけた地雷が爆発。韓国軍兵士の身体が吹き飛ばされた事件をきっかけに軍事危機が拡大し、あれよあれよと言う間に「開戦前夜」の空気が漂うまでになってしまった。
(参考記事:【動画】吹き飛ぶ韓国軍兵士…北朝鮮の地雷が爆発する瞬間)このとき、正恩氏は当時の朴槿恵政権の強硬姿勢に屈し、実質的な謝罪に追い込まれている。
海上自衛隊の出番
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面北朝鮮の核兵器開発は危険極まりないものではあるが、正恩氏は現時点において、「これを近いうちに米国にぶち込んでやろう」と計画を立てているわけではない。あくまで米国を威嚇することで自分を守り、さらには相手に自分の意思を強制するための「小道具」として作っているのだ。自分の意図せぬところで危機が拡大し、全面戦争に発展してしまうのは正恩氏も意図してはいないのである。
だから、危機拡大のリスクの大きい韓国よりは、日本にいるときの方が、北朝鮮はトランプ氏に対する挑発を仕掛けやすいと言える。
もちろん、そこにもリスクはある。トランプ氏の訪日中に北朝鮮がおかしなことをすれば、日本の防衛政策は激変する可能性がある。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面北朝鮮が大陸間弾道ミサイルに続いて開発に力を入れているのは、潜水艦発射弾道ミサイルと、それを搭載するミサイル潜水艦だ。そしてその開発拠点は、日本海側にある。韓国の海軍力は、北朝鮮のこの動きを抑え込むにはまだまだ役不足だ。その点、海上自衛隊が全力で阻止に動いたら、正恩氏の思い通りにはいかなくなるかもしれない。
しかし本当にそのような展開になったら、史上初めて北朝鮮と日本の戦力が直接対峙することになり、新たな戦争のリスクが生まれるということでもあるのだが。
(参考記事:いずれ来る「自衛隊が北朝鮮の潜水艦を沈める日」)高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。