昨年7月に脱北し、韓国に亡命した北朝鮮の元駐英公使のテ・ヨンホ氏が11月1日、米下院外交委員会の聴聞会に出席し、「北朝鮮体制についての内部者の見解」と題した証言を行う。

同窓会を「血の粛清」

ロイス下院外交委員長は聴聞会の開催を発表した声明で、次のように述べている。

「テ氏は金正恩委員長の脆弱性について貴重な洞察を持っている。この聴聞会は、金正恩政権に最大の外交的、財政的圧力を加える最良の方法を学ぶ機会になるだろう。私たちは制裁の効果や、金正恩による残虐な人権侵害の真実を北朝鮮の人々に知らせる取り組みの効果についても検討する」

テ氏は今年の初めから訪米の準備を進めていたとされるが、2月に金正恩党委員長の異母兄・金正男氏の殺害事件が発生して以降は沈黙を守ってきた。ここへきて訪米が決まったのは、ロイス委員長の積極的な働きかけがあったからだとされる。

英国駐在歴の長いテ氏は、北朝鮮の外貨稼ぎの実態について、相当な知識を持っているだろう。ただこの点については、やはり脱北者で、朝鮮労働党39号室傘下の大興(テフン)総局など複数の外貨稼ぎ機関の幹部を歴任した李正浩(リ・ジョンホ)氏が様々な証言を行っている。

そのため今回のテ氏の証言で注目されるのは、北朝鮮のエリートたちがどのような状況でどのような考えを持って行動し、どのようにすれば、それが金正恩体制の変化に向かうのか ――といった内容だと思われる。

それとともに興味深いのが、テ氏のもたらした「エリート学生大量処刑」事件の詳細が語られるかどうかだ。

テ氏は韓国紙・文化日報とのインタビューで次のように語っている。

「私が聞いた最後の反体制運動は、1988年初めにあった。金日成総合大学で大規模な反体制組織が摘発された。(中略)加担した学生はすべて銃殺された。私の親しい友人もそのときに死んだ」

筆者は寡聞にして、このエピソードを知らない。韓国の知人らに聞いても、同様の答えだった。

世界最悪の監視国家と言われる北朝鮮においても、過去に反体制の動きがあったのは事実だ。1993年、ソ連のフルンゼ軍事大学留学組の同窓会が「血の粛清」に遭った事件や、1995年の6軍団クーデター未遂がそうだ。

(参考記事: 同窓会を襲った「血の粛清」…北朝鮮の「フルンゼ軍事大学留学組」事件

また、厳密には反体制の動きとは言えないが、1995年には当局の横暴に抗議した労働者たちが、ことごとく戦車に轢き殺される虐殺事件も起きている。

(参考記事:抗議する労働者を戦車で轢殺…北朝鮮「黄海製鉄所の虐殺」

ただ、テ氏の語った金日成総合大学の事件については、詳細が伝えられたことはないと思われる。同大学は、北朝鮮のエリートの子どもたちが通う大学であり、誰が反体制に関わり、その後、エリート層でどのような人間関係や意識の変化があったかを知ることは、北朝鮮の現在を知る上でも非常に重要なのだ。

(参考記事:北朝鮮で「エリート学生を大量処刑」か…亡命外交官が明かした新情報

高英起(コウ・ヨンギ)

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1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記