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「金正日は、ルーマニアのチャウシェスクの様に人民から見捨てられるかも知れないという極度の不安に怯えている」

脱北者は金正日の最期をチャウシェスクと比較して話す。北朝鮮人民の生命と人権を尊重せず、体制維持だけに目が眩んだ金正日を北朝鮮住民が許さないという指摘だ。

東ヨーロッパ共産国家の凋落が進行していた1980年代後半. 最も衝撃的な事件として記憶されるのは、1989年12月25日のルーマニアの鉄拳独裁者チャウシェスクが軍隊によって処刑される場面だ。

金正日とチャウシェスクは住民の経済的貧困には眼もくれず、自分達は超豪華生活を享受したという共通点がある。チャウシェスクは金正日と肩を並べる程に統治方法が残忍で悪質だった。

特にチャウシェスクは反体制活動などに備え、中心的な役割をする官僚を徹底して監視した。

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ルーマニアの役人は、チャウシェスクの『秘密警察』の報復を恐れ何もできなかった。彼の絶対権力の下で、ルーマニアは彼の奴隷になった。『ルーマニアの金正日』というわけだ。

しかし、チャウセスクは1989年に独裁政治に耐え切れなくなったルーマニア人民らの反政府デモによって、没落することになる。チャウシェスクはこの反政府デモを暴力で鎮圧しようとしたが、臨時政府の軍部に逮捕され銃殺された。

チャウシェスクは裁判の審議過程で検察官がルーマニア人民を貧困に苦しめた罪を追求した際に、「ふざけるな。一人民として明確にしておくべきだと思った為発言するが、ルーマニアの勤労者が1年に200キログラムの小麦粉とそれ以外の食料の配給を受けることができた。これはルーマニアの歴史上稀に見る事態だ」とし疑惑を強く否認した。

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これは1月の金正日の「白い米の飯に肉のスープを人民が食べられるようにする」という発言が思い浮かぶ場面だ。

個人崇拝の先駆けだったチャウシェスクは、蜂起した市民軍によって死刑を宣告され、妻エルレナとともに銃殺される。死刑直後、チャウシェスク夫婦の死体は処刑後直ちに消えたが、翌朝には銃殺が執行された学校の運動場にあるガレージに捨てられいるのが発見された。独裁者のみじめな最後だ。

独裁の程度の差はあるが北朝鮮とルーマニアの人民は、『非常に悪質な独裁者』の統治受けた経歴がある。但し、北は今も独裁政権が維持されており、ルーマニアは過去の話しである。

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果たして金正日もチャウシェスクの様な惨めな最後を迎えるだろうか?チャウシェスクの没落に『民衆蜂起』が決定的な影響を及ぼした様に、金正日の最後の時には北朝鮮住民が大きな役割を担当することになるだろうか?